福祉を通して考えた人間の力と日本

こんにちは、ATです。

障害福祉のため役所に駆け込んでから丁度一年目を迎えたところです。

意識は明瞭になりましたが、肉体的な衰弱は少しずつ進行しているようです。

この間さまざまな変化がありました。まず家の中がきれいになったこと。

これはヘルパーさんでなく、自分が掃除したのですが、
「掃除の力」をヘルパーさんの存在が与えてくれたのです。

残念だったのはこうしたヘルパーさんを連れてきた相談支援専門員のT君。

30代ながら私を担当してくれたものの、彼はそこをどう間違ったのか、

「公私混同」が目立ち始め、ついに看護師のYとともにに虐待を始め、
しばらく我慢するも、今月上旬に解任せざるを得ませんでした。

今は新しい相談支援専門員のEさんと看護師のKさんに交代です。

ヘルパーさん達はそのままです。

こうした「新体制」で新しい局面を迎えようとしています。

「なかなか通じなかったベンゾジアゼピンの説明」

ベンゾジアゼピンのことは医療関係者である看護師にもなかなか通じない、
勉強しようとしない姿勢にいらだちましたが、

もうベンゾジアゼピンといわずに、クスリの副作用や後遺症といっています。

これで少し理解されました。看護師といっても所詮素人。教科書通りのことしかわからないようです。
下手するとこちらが意味不明なことを言い始めた」と解釈されるのがオチで、

措置入院させられるかもしれません。

障害年金受給のため、看護師をつけているのですが、こういうリスクといつも隣り合わせです。

考えすぎかもしれませんが、障害福祉の現場はいつ何が起こるかわからず、

緊張の連続でもあります。

ベンゾジアゼピン薬害の説明は少しずつ様子を見て話していきたいです。

気心が知れればまた通じる日が来るでしょう。

「筋肉減少と皮膚症状」

ベンゾジアゼピン薬害のせいなのか断定しかねますが、筋肉減少は続いています。

胃の機能、食道など体のあちらこちらが衰退してきました。

これに連動して皮膚も脆弱になり保水能力が劣化しています。

汗をあまりかかずに夏場を過ごすという症状。これはヘルパーさんが去年から確認しています。

看護師さんにもこの件を伝えると話してくれました。

うまく連携して情報を共有してもらいたいものです。

ただ「筋肉が落ちた」というのはあまり理解されません。
今まで体格が良すぎたせいでしょうか、自分では一回り小さくなって服もブカブカなのに、

この点は未だ理解されずです。

私自身、「神経が回復すれば筋肉症状はそれほど気にならなくなる。」と解釈しはじめています。

すべて神経の問題。「ベンゾジアゼピンによって神経伝達物質の働きがうまくいかなくなった」と理解し始めています。

が、このような離脱症状はアシュトンマニュアルにもなく、
下山日記ブログにしかないという悲しい現状です。

自然治癒力を信じてきましたが、筋肉減少と皮膚脆弱は続いたままで

暑い夏を迎えようとしています。

暑い密室でも平然と過ごせる異常。

ヘルパーさんは察知していますが、これがどこまで改善するかは未知数で

今もなお自然治癒力を信じるしかない状態です。

「食事療法」

一番手っ取り早く効果が期待できそうなのは、食事療法です。

「蒸し牡蠣」を食べるようにしています。
牡蠣は栄養の宝庫で神経修復作用のある亜鉛をたくさん含んでいます。

皮膚と爪にも効果があるといいますから、抹消神経に作用するのでしょう。

中枢神経にも何らかの良い作用があると信じています。

牡蠣とは別の魚介類、アジ、サバ、イワシなどの青魚やタコの酢の物など
よく食べるようにしています。

サラダ油はやめて動物性油脂のバターで炒めるなど油を変えてみるという試みも始めました。

食事の改善がどこまで奏功するかわかりませんが、食事は治療の基礎でヘルパーさんとの会話と
連動させたケアを始めています。

「人間の力」

いくら食事を改善しても人間の力がなければなりません。それも良好な人間関係が前提です。

人間の力は不思議なもので、それまで衰退していた脳機能のスイッチが入り、少し元気が出るということです。

私が「福祉の力」というのは「人間の力」にほかならず、良いヘルパーさんや看護師さんが担当してくれると、

少なくとも認知症初期のような症状は治ると思います。

福祉導入の手続きを始めた去年は酷い状態でテレビで生存確認をするほどでした。

そこをヘルパーさんとの会話のお蔭で自分を取り戻すことができ、障害年金の手続きを続行し、

今年受給できました。

これはまぎれもなくヘルパーさんの力、人間の力のお蔭だと思います。

本来なら家族や地域が人間の力となって弱っている人を助けるべきなのですが、
その辺は日本社会は壊れています。

ならば批判が多いとはいえ、福祉の力に頼るしかありません。
税金で成り立っていますが、こういう時のための相互扶助。

人間の力を借りることができる制度です。

高齢者、老人だけのものと思われがちですが、40代の私でも、
障害福祉で無料で利用することができるのです。

(高齢でも障害でなくても自費でできるケアサービスもあります)

精神科や心療内科の薬をのんでしまった方は、障害福祉サービスを受ける権利がありますので、
ぜひ利用すべきだと思います。

虐待が心配で、私も被害を少し受けましたが、この点は運です。

酷くなる前に自分で事業所を探し、選んで契約すれば、まず安全だと思います。

「良くも悪しくも人間の力」が心や体に影響を及ぼすことは確かです。
この点、宗教団体にも一理あるのですが、その辺はあまり深入りしないよう注意も必要です。

人間の力、良い人達の力に期待したいです。

何でも金勘定の世な中ですが、福祉もビジネス。こちらは税金を使わせていただいて、

人の力を合法的に利用できるのですからこれを利用しない手はありません。

背後に「お金」という動機があるにせよ、今はお金でしか人間は動きません。

「愛情で動く」というのも実は表面的でほとんどが「お金」で動くのです。

しかし、これは当然で、別に悪いことではありません。

福祉は税金という基礎で動いているのですが、これを制度化した社会は成熟していると思います。

ただ薬害によって作られた障害者=精神薬害に関しては何とも言えません。
精神科医の一筆が必要な医療福祉。
なので、むしろ、
「精神科医の牧畜ビジネス」という側面があるからです。

しかし孤立した弱者は福祉の力を利用するしかないのです。

この点の矛盾はこれ以上ここでは突き止めませんが、衰弱した人間にも

福祉という活路があるのです。

人間の力とは不思議なもので、それまで原因不明で弱っていた人間も人の助けで
意識が甦り、食べることができるのです。

これは本当に不思議なことです。

人間の力を知るようになってから些細なことで怒ることはなくなりました。

人間はどこまで行っても一人の存在で弱い存在。

だからこそ普段から支えあいが必要なのです。

たとえそれが福祉ビジネスという金銭的利害の背後があったとしても、

人間は弱い。家族が支えあっていても、資本主義社会の前では高齢とともに

家族の絆は弱くなるのです。

金融資産が何億もない限り日本社会では、老後は危ないのです。
障害者に関しても同じです。

家族だけでなく、社会的に自らを助ける基盤を福祉を通して整えておきたいものです。

既に一人で何億も稼いでしまった、又は金融資産が何億もある本物の金持ちなら別ですが、

多くの日本国民はそういう状況ではありません。

人間の力、福祉、お金、資本主義社会、どこまで行ってもお金が付きまとう日本になりました。

昨年他界した祖父の代が実の子に介護される最後の世代だったと思います。

これから少子高齢化がどんどん進む日本では、福祉でさえその存続基盤が危なくなっています。

社会的に支える財政基盤、年金制度の崩壊や人手不足が続く介護業界。

もはや税金の福祉でも危なく、何億もある資産家しか老後を送れないという
時代の足音が聞こえ始めているというのは言い過ぎでしょうか。

障害者の40代でもこの有様です。

「老後などない」と強がっていても、やはり老後の不安は付きまといます。

「その前に筋肉減少と皮膚脆弱が治るのか?」という現実があります。

後悔の日々です。

このブログが何かのきっかけになればと思い願っています。
最後までお読みいただきありがとうございます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

抗不安薬ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 ブロマゼパム、ジアゼパムの2種類を長期服用後、副作用・副作用に陥り療養中です。家族との不仲で、経済的にも窮しています。「障がい福祉サービス」を受けヘルパーさんや、看護師さんとの心温まる日常も綴りたいです。