Contents
精神科の薬は本当に信用できるのか
――庶民感覚が失われた時代に
目次
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1分診察への強い違和感
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医者という肩書きへの不信
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ベンゾは得体のしれない化学物質
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薬を信じ続けた結果
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昭和時代にあった「精神薬はヤバい」という常識
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「ウツは心の風邪」キャンペーンの影響
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庶民から大衆へ
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全体主義の構造
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コロナ騒動に見る同じ流れ
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精神薬の大衆化
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利益と宣伝が作る空気
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ベンゾジアゼピンの歴史的背景
1. 1分診察への強い違和感
つくづく、精神科の薬ってインチキだなーって、
昨日、通院のときに思いました。
たかが1分程度の診察で、
またレキソタンか、他の何かの薬を出そうとするのですから。
精神科医とか医者なんて、そこいらのおっさんですよ。
2. 医者という肩書きへの不信
そんな者に1分程度話したくらいで、
いったい何がわかるのか? と思ったからです。
医者の肩書きに騙されてはいけません。
3. ベンゾは得体のしれない化学物質
ベンゾなんて、冷静によく考えれば、
得体のしれない薬、ただの化学物質です。
それを医者の言うことを信じ、
薬の説明本を読んで、わかった気になって、
飲み続けていました。
4. 薬を信じ続けた結果
今はやめたとはいえ、愚かな行為でした。
薬に依存し、人生を棒に振りました。
5. 昭和時代にあった「精神薬はヤバい」という常識
冷静に考えると、昔々、昭和時代、
精神科の薬を飲んでいる人を見て、
「こんなのは特別な人が飲むもの」
「なんかヤバい薬」
という常識がありました。
「偏見」と言ってもいいでしょう。
6. 「偏見」は本当に間違っていたのか
「偏見」は良くないことだとされていますが、
こと精神科や精神薬に限っては、
当時の庶民の「偏見」が正しかったのだと、今はわかりました。
昭和の頃、私の住んでいた関西では、
精神薬は「ヤバい薬」なのはもちろん、
飲んでいる人に対しても、
「そんなややこしい薬、飲むな」
と助言する、庶民感覚=偏見が、どこか生きていました。
7. 「ウツは心の風邪」と庶民感覚の崩壊
それが平成12年頃、
私がベンゾを飲み始めたころから、
「ウツは心の風邪」キャンペーンが盛んになり、
庶民の
「精神薬は怖い」
という感覚が、
「どんどん受診して、安心して薬を飲もう」
という風潮に変わってきました。
8. 庶民から大衆へ
それと同時に、
薬を飲むことはおおむね正しいこととされ、
やめるよう助言する人も少なくなってきました。
精神科や精神薬に対し、
庶民が大衆に転じた時期です。
庶民と大衆は違います。
9. 全体主義の構造
庶民は、
自分の実生活の経験から、
権威にとらわれることなく、
何が正しいかを判断できます。
これに対し「大衆」とは、
宣伝に洗脳された庶民が、
権威をあがめ、庶民感覚を失い、
全体主義を形成し、
異論を許さない風潮をつくる存在です。
歴史を見れば、
戦前の大東亜戦争中の日本や、
ナチス・ドイツ時代のドイツ国民がそうでした。
10. コロナ騒動に見る同じ流れ
最近では、
コロナ・ワクチン打て打て全体主義、
マスク警察でしょう。
普通の庶民感覚なら、
熱狂的な世の中の異常に気付くはずです。
それが、
マスコミの宣伝や、
政府や学者の権威に洗脳されると、
何の効果もないワクチンを何回も打ち、
マスクを延々とつけ続ける。
どう考えても異常でした。
11. 精神薬の大衆化
精神薬に対しても、
庶民の常識は消え去り、
大衆化され、日常に溶け込んでいます。
しかし最近では、
異常に気付く人が増え、
ネットでの告発も増えてきました。
12. 利益と宣伝が作る空気
とはいえ、
こうした構造を歴史的、思想的に気付いている人は少ないです。
しょせん世の中、
お金儲けをしたい人たち、
=製薬会社、医療関係者が、
あらゆる権威と宣伝で、
支配的な空気を形成しているのです。
体まで壊されては、
たまったものではありません。
13. ベンゾジアゼピンの歴史的背景
イギリスでは、
50年前にベンゾの集団訴訟が起きています。
日本人はマネできないでしょうが、
せめてベンゾは、
そういう歴史的背景のある、
問題のある薬だと認識してもらえれば幸いです。
もし次にやるならおすすめは:
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🔹 炎上しにくいタイトル案を3つ出す
-
🔹 note用の「導入リード文」だけ少し整える
-
🔹 コメント欄で誤解されやすい点の補足文
どれもできます。







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