それでもよくしてくれた父 ~毒父の功と罪~

これまでさんざん毒父、毒家庭と批判してきました。その本質には変わりないのですが、
私の74歳。父は貧しい中、家族に物質的に何不自由させないよう働き、扱ってくれました。

悲しいことに父には世界知識がなかった。農業と貧乏サーマン。後の高度成長時代を20代30代を過ごし

40代でバブル時代。勤め先は大手製薬会社です。セルシンの商売敵の会社です。

食事も衣類も本も何でもありました。好きな時に好きなものを買うことができました。

大金持ちではありませんでしたが、同級生がお金に困っている心理、バイトや就職活動の話を夢中にしていることが
分かりませんでした。

衣食住そして本に映画など文化的な生活をしていました。

ところがこれまた悲しいことに息子である私は「遊び方」を知らないのです。

90年代、20代で保守雑誌を読むなどおおよそ当時の若者らしくない生活でした。

神戸大阪のアクセスが近いところに住んでいるのにそうした都会に遊びに行くこともほとんどない生活でした。

オクテで気弱な青年だったのです。それでも10代後半から20代にかけて親から自立を画策していました。

不幸にも弟の非行により家庭が乱れ今で言ううつ病のような状態に陥り、その悩みをさらに読書など知識で補おうと
していました。

世間知らずの現実感無し。そういう若き日の私に父はほとんど何も言わず、むしろ、ほめ讃えられる日々を過ごしました。

本当は若さを爆発させ親とは関係なく自立した生活を送りたかったし、それは可能でした。

しかし父の物質支援が甘すぎたのです。何不自由させまいとする父の心が甘さとなり、病苦と家庭不和は別として、
私は気ままな苦労知らずの人間になってしまったのです。

それでも今から振り返ると父の支援は本当に苦労した人間が息子に苦労させたくない善意だったのです。

「親の甘さが毒になり」と言う意味での毒親だったのです。

そしてなにより物質的豊かさだけが教育と思い込んでいた父の世界観は間違っています。

本当に息子の独立と自立を望むなら、物質支援をしつつも自分で稼ぎ、遊ぶことを教えなければなりません。

「稼いで遊ぶ」

これは重要なことです。普通の人達にとってこれは当たり前のことですが、筆者のようにその辺が大いにずれていた家庭もあるのです。

せっかく大学まで行ってその後も読書などで過ごした経験があるにも関わらず、人間社会とはどういうものか?

自立とは?共生とは?こうした基本的なことを全く教わっていないのです。

弟たちは不良仲間に入ることで自立と共生を覚えていきました。しかし長男である私はそうはいかず、答えを読書に求めたのです。

こうなると不健全で人格的にも社会性のない、人との交わりを極端に苦手となる人格になってしまったのです。

そこにベンゾ系精神安定剤。自立どころか完全依存の体質になりました。他者と共生することも理解できず独りよがりで独善的になったのです。

これは改善できるかもしれませんが、一生治らないでしょう。治す必要もありませんが、もう少し自立と共生を生活の中から身に着けたいという
志しはあります。

自立とは自前で生計を全て立てること。多少親や福祉から援助をもらいながらも、自立への道を模索する。

当然、一人では何もできない現実があるわけですから他者との共生=相互依存ができる能力を身に着ける。

病気で倒れ、父から犬猫を捨てるように捨てられ、福祉を通して学んだことです。

どんなに強がりを言っても一人では生きていけません。しかしだからと言って、他人に完全依存することは個人の尊厳をそこなうことになります。

この自立と共生の両立。

人生をより良く生きている人達はこれらの能力に長けているのです。

私は父の物質支援に感謝しながらも甘さが毒になる」ことを身を以って体験。これは福祉にも言えることです。

困った時、病気と障害がある時は人に頼っていいし、頼るべきなのです。人の力を上手に借りるのです。

こうした自分と他者との関係をうまくすることで社会性が身につき、自分の志す分野で成功する基礎になるのです。

40代遅まきながら気づきました。まだ体は衰弱しベンゾ系レキソタンを必要とする身です。

それでも一人でできることはどんどん自分でやりながら、他人の力を上手に借りる。

この采配。これこそが人生の極意あると過保護な父の生き方と他者を極端に排撃する父から反面教師として学んだのです。

物質的な豊かさと支援は必要ですし、求めるべきです。それと同時に自分が他者に何を与えられか?ということを考え共生する。
これこそ真の自立となり得ると気づいた次第です。

父、毒父、毒家庭・・・人生を破壊されましたが、また学ぶこともありました。
また自分が人の親、父親であって当然の年齢に年老いた父を批判。ACの戯言です。ご容赦ください。

最後までお読みいただきありがとうございます。

(注意)
筆者5月20日~5月25日頃まで故郷へ帰郷滞在しています。本稿は予約投稿です。コメント等の返信遅れます。ご了承ください

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ABOUTこの記事をかいた人

近畿在住。男性。 向精神の薬害で闘病中。 原因薬剤は、精神安定剤のベンゾゾジアゼピンです。 ベンゾ離脱後にさらに悪化しましたが2019年7月3から断薬。 鍼灸治療が奏功し改善しています。 薬はのんでいません。 当ブログは療養記録です。 2020年2月料理日記はじめました。 ベンゾとあまり関係ないようですが、 「医食同源」の立場から砂糖や添加物を除いた料理記事を中心に 記載します。 (ベンゾ服薬歴) 2000年 レキソタンからベンゾ開始。 以降ベンゾ系の睡眠薬を服用。 2007年レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を カクテル処方され、2015年まで8年長期服用。 2015年から大幅な減断薬開始。 猛烈な胃痛と痩せに襲われ 筋萎縮の後遺症に陥り現在も療養中です。 長期療養生活による失業状態で障害基礎年金が主な収入源です。 経済的に窮しています。 2017年から「障がい福祉サービス」の訪問介護を受けています。 2019年から訪問の鍼灸施術マッサージを受けています。 診断は「抑うつ」。 現在ベンゾ薬害に関する記事はたまにしか書いていません。