相談員と看護師のレベルの低さに法的抑止力を

最近忙しいです

体がボロボロで慢性胃炎、薄くなった手足が物に当たる辛さに耐えながらの忙しさ。筋肉が薄くノドにも違和感があります。相変わらずの辛い慢性症状。

最近復活したレキソタン5mg錠が今の私の支え。


こうした中で、福祉サービスの調整をやらなければなりません。

本来は相談支援専門員の仕事。今回の3代目相談員は、アラサー女性ですが、この人も、「やはり」というか 「逃げ」が多いです。

法律や契約を全く理解しておらず、あるいは理解しているにも関わらず、「できない理由」を並べ立てられ軽い議論になりました。(口論にはなりません。今のところ・・・)

今の相談支援専門員もあまり協力的とは言えません。ただ礼儀正しいのでその点ストレスがありません。

訪問看護師の件、ヘルパーの家事支援の調整の件など福祉サービスの調整が山積みなのに、サービス調整や看護ステーションへの異議申し立てなどあまり仕事をしてくれません。

ところが40代ヘルパーさんがとても理知的で私の立場を弁明してくれます。

この今頼りにしているのが同世代40代ヘルパー既婚女性。この方は当初の予想に反してとても素晴らしい方だったのです。
家事援助は献身的で話す内容も知的で理性的。いい意味での情を持って接してくれます。

これまで30代の既婚女性ヘルパーに依存していましたが、もう一人味方ができました。

ヘルパーの協力的な対応に比べて、相談員と看護師が意味不明で支離滅裂なことを言うものですから、こちらは振り回されるばかりです。これまで3人すべてそういう傾向です。(特に初代相談支援専門員のTは酷かった・・)

法律と契約を解説しても屁理屈で返してくる。

今回の3代目の相談員の女性も屁理屈小理屈を並べ立てました。最近このような傾向にあります。まさかの彼女がおかしくなってきたので驚いています。

サービス調整が必要なので、仕方なく今は私がこの相談員の代わりにサービスの調整、看護師への苦情と今後の対応を検討しているのです。

正直疲れます。そして多忙に拍車がかかっています。

本来弱った時のための相談支援専門員です。そえが言い訳や逃げ口上ばかりで呆れかえります。

ここでヘルパー女性が頼りになります。

あまり依存してはなりませんが、本当に力になってくれます。実質的なケアマネです。ただ対外的に説得力がありません。なので無知な相談支援専門員にストレスを感じながらこちらが「教育」するしかないのです。。

今の福祉制度がおかしいのです。そして相談員のレベルがきわめて低い。結果「できない理由」だけは並べ立てて自らの正当化をはかり仕事をさぼる、逃げる。

3人目の相談支援専門員ですからあまり変えたくない。しかしやる気の無い人間を相手にするほどこちらも時間的、体力的、精神的に余裕がありません。

福祉サービス一つ受けるのに健常者以上の時間と労力を強いられているのです。

何とか打開策は無いものでしょうか?

福祉は性善説で成り立っているところがあるのでこうしたことを訴えても信じてもらえません。

本来の仕事をわかっていない福祉事業従事者が多いのです。

今回も福祉業者への愚痴です。

体がボロボロで貧窮にあえいでいるのに、非論理的、違法、屁理屈などおかしな「現象」に福祉で遭遇します。

日本の縮図なのでしょうか?

私は抗議できますが、他の抗弁できない障害者、老人の方々を思うと不憫でなりません。

ヘルパーさんが心の支え、そして肉体的な辛さはレキソタンで鎮めています。

相談員と看護師の理解がもう少しあれば、レキソタンなど簡単に抜けるはず。

「自分がおかしいのか?」と疑問に思うほど追い込まれます。これを「そんなことはない」と支えてくれるのが30代40代のヘルパーさん。本当に頼りになります。そして敬意を持っています。

ヘルパーさんとレキソタンに依存しながら、混迷窮まる福祉の世界を泳いでいかねばなりません。福祉本来の理念は障害者の自立です。それが屁理屈を並べ立ててまで障害者にうそをつき楽をしようとするのですから、福祉制度そのものが破綻しているのでしょう。看護師にしてもそうです。病人、障害者、老人の世話をするということはとても辛いのです。誰もやりたく無い仕事なのです。

公共の仕事が民間に委託されたのはそうした背景もあるのです。せめて公務員並みに報酬が高ければ改善されると思ったりもしましたが、高給の看護師のレベルの低さ、態度の悪さ、人間力の無さを振り返ると、お金の問題だけではないようです。日本は法治国家ですから法の下に契約を履行し、違反すればすぐに裁判、司法の場に訴えることができる法的抑止力が必要です。

労働条件の改善(報酬体系)、人材教育の向上はもちろんのこと、弱者相手の虐待がつきものの福祉の現場には法の支配が特に必要だと感じました。

ある種の訴訟社会です。障害者にはハードルが高いことですが、福祉業者の性善説に頼っていては虐待が繰り返されるだけです。法の抑止力こそが解決策。

真の差別解消、障害者虐待防止は法の力が不可欠だと痛感しました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

近畿在住。男性。 向精神の薬害で闘病中。 原因薬剤は、精神安定剤のベンゾゾジアゼピンです。 ベンゾ離脱後にさらに悪化しましたが2019年7月3から断薬。 鍼灸治療が奏功し改善しています。 薬はのんでいません。 当ブログは療養記録です。 2020年2月料理日記はじめました。 ベンゾとあまり関係ないようですが、 「医食同源」の立場から砂糖や添加物を除いた料理記事を中心に 記載します。 (ベンゾ服薬歴) 2000年 レキソタンからベンゾ開始。 以降ベンゾ系の睡眠薬を服用。 2007年レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を カクテル処方され、2015年まで8年長期服用。 2015年から大幅な減断薬開始。 猛烈な胃痛と痩せに襲われ 筋萎縮の後遺症に陥り現在も療養中です。 長期療養生活による失業状態で障害基礎年金が主な収入源です。 経済的に窮しています。 2017年から「障がい福祉サービス」の訪問介護を受けています。 2019年から訪問の鍼灸施術マッサージを受けています。 診断は「抑うつ」。 現在ベンゾ薬害に関する記事はたまにしか書いていません。