今年の5月はよりアクティブ

2015年に原因不明の痩せ、そしてセルシンの断薬、レキソタンの減薬を始めて4年。
体力はすっかり憔悴し、筋肉減少と皮膚脆弱はいまだ続いています。

食欲もなく福祉ヘルパーの支援と障害年金で何とか命脈を保っています。

レキソタンはまだ断薬できていません。断薬どころか5mg玉を1日2回服用。

この3年、なんども減薬と断薬を繰り返した結果、急な減薬を止めると誓い服用しているのです。

レキソタンは耐性がついているもののベンゾ系不安薬はどこか作用しているようで、
QOLを大幅に改善しています。もちろんこれはニセの元気で後で辛い離脱症状と後遺症があるのは確かです。

ベンゾ系レキソタンを服用しつつも、これまでとは違い、福祉ヘルパーがいる。そして鍼灸マッサージ施術を
週に3回受けています。

ヨガやストレッチといった柔軟体操も少しずつ増やして体をメンテナンスしています。

これらが奏功し重度の抑うつは改善されました。極端な減薬も断薬もしない。むしろレキソタンと共に生きていく決意をしたのです。

こうして生活の安定を保っていればいつか辛い症状は根治するはずと信じています。

ベンゾの批判と有害性がネットで散見されると辛い気持ちになりますが、今はまだ最低限のレキソタンで
安定を保つ時。
無理は禁物です。

レキソタン以外の抗うつ剤や抗精神病薬はのまないように注意して今のペースを保っていきたいです。

5月、気候的に良い季節です。全身の筋肉が削がれクッション機能が低下しても生命の息吹を感じる季節です。

薬のこと、お金のこと、家族のこと。年齢を経るにつれ不利になっていきますが、「時間薬」で自らを癒すしかないのです。

5月20日から25日まで北近畿の郷里に滞在しました。これを書いているのは5月17日でまだ出発前です。

これから4年ぶりに北近畿の郷里に帰るのです。

その間ネットは使えません。祖父の慰霊のために帰省するのです。墓参りをしたい。

毒父とのトラブルも予想されるかもしれない今回の紀誠。本稿がアップロードされるころは帰省を終えて自宅に帰っている頃です。

どうなるか分からない不安と胃弱、筋肉減少をかばいながら北近畿の郷里で過ごすつもりです。

小旅行のつもりですが、狭い家で90代の祖母もいる。精神的に不安定な両親もいて何を言われるか分かりません。

それでも昨年まで予想できなかった一人での北近畿の郷里への旅。

5月いい季節です。もしかすると最後の旅になるかもしれません。
滞在中にネットにつながらないパソコンで滞在記録をメモ帳に記します。

5月28日頃に配信する予定です。

今は出発前の準備と心の整理のためにブログを書き溜めています。

予約投稿ですので読者の方には読みづらい内容だと思いますが今年の

5月はよりアクティブになっていることをお知らせしておきます。

最後までお読みいただきありがとうございます。

(注意)
筆者5月20日~5月25日頃まで故郷へ帰郷滞在しています。本稿は予約投稿です。コメント等の返信遅れます。ご了承ください

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ABOUTこの記事をかいた人

近畿在住。男性。 向精神の薬害で闘病中。 原因薬剤は、精神安定剤のベンゾゾジアゼピンです。 ベンゾ離脱後にさらに悪化しましたが2019年7月3から断薬。 鍼灸治療が奏功し改善しています。 薬はのんでいません。 当ブログは療養記録です。 2020年2月料理日記はじめました。 ベンゾとあまり関係ないようですが、 「医食同源」の立場から砂糖や添加物を除いた料理記事を中心に 記載します。 (ベンゾ服薬歴) 2000年 レキソタンからベンゾ開始。 以降ベンゾ系の睡眠薬を服用。 2007年レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を カクテル処方され、2015年まで8年長期服用。 2015年から大幅な減断薬開始。 猛烈な胃痛と痩せに襲われ 筋萎縮の後遺症に陥り現在も療養中です。 長期療養生活による失業状態で障害基礎年金が主な収入源です。 経済的に窮しています。 2017年から「障がい福祉サービス」の訪問介護を受けています。 2019年から訪問の鍼灸施術マッサージを受けています。 診断は「抑うつ」。 現在ベンゾ薬害に関する記事はたまにしか書いていません。