障害者枠での就職を考えています

まだ体もボロボロで胃の調子も悪いので療養が必要なのですが
障害者雇用枠というのがあるのを知ってネットで検索し、5社にエントリーしました。

どこも年齢不問で障害者雇用が前提の企業です。

実態は年齢も職歴も障害もマイナス要素として伝わり不採用になるのはわかっています。

面白半分、ダメ元でエントリーしたのです。

それでもどこか採用が欲しいのが本音。自営業か生活保護しか道がないと思い込んでいましたが、
表面上でも障害者を雇用する制度がある。国から企業に補助金や助成金がでているので企業も前向き
と解説されていました。

なので確率は低くてもどこかに採用される可能性があります。

令和の時代になってこのような就職活動をするとは思っても見ませんでした。

当然「中途」で給料も15万~20万程度。手取りはもっと低くなるでしょう。

40代後半で体がボロボロの中での就職活動。正直惨めです。

平成時代、学生でしたが、いかに恵まれていたかがわかります。

ただ父が大手企業に勤めていたのでどこもショボく見えたのです。それに父そのものが「就職などしなくていい、自営みたいなことをやれ」
とさんざん言われ洗脳されてしまったのです。

就職に関して第二の転換期は平成10年代。自営業が少しうまくいき法人化しました。

実態は赤字の個人事業です。下請けの経理雑務をやりました。一方で出版マスコミ業界に入りかけそこで採用されていたのですが、
人間関係のトラブルで退きました。

今から考えると下らないことでした。

それでも30代はそういう世界を忘れるために地道に地元で頑張ったのです。この出版マスコミに関わったことが父の誤解を招き、
今日のトラブルに発展しています。つまり父は私が出版マスコミの世界にいるものと思い込んでいたのです。

実態は何の成果も残らない事務作業の下請けの自営。いちおう給料を取っていましたが割に合わず、土日にバイトをして補っていました。

生活は十分でした。ただ行動範囲が自宅近辺になりだんだん、視野が狭くなり、本来の目的であった見聞を広める旅をすることできませんでした。

これは不本意でした。ちょうどベンゾ系薬物を一日30mg(レキソタン15mg+セルシン15mg)混合処方、カクテルでのんでいたのも
関係あります。

障害枠での就活・・夜中にネット検索でエントリーし、あとで数社に履歴書を送るだけです。

40代後半でこのような形で就職活動をすることなど考えてみませんでした。

20代30代が悔やまれます。少なくとも今より筋肉も胃も強かった。それがすべて弱った状態での就職活動です。

5月、気候が温暖になってきたこととレキソタンの薬効でこうした就職活動をしているかもしれず、

体調面に不安が残ったままです。

しかし障害者枠なら体調にも気を使ってもらい収入を得ることができると考えています。

今は月給20万前後でいいのです。大卒新卒以下です。団塊世代前後の父が高給過ぎて若い頃すべての就職がショボく見えたのです。

普通に就職していれば今頃月給40万くらいはあったと思います。

情けない限りです。弟の非行、父の単身赴任と間違った人生観、就職観に洗脳。まさに毒家庭。

そうして身も心もボロボロにされて障害者枠での就活。

世の中の何かが狂っているとしか思えません。
最後までお読みいただきありがとうございます。

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4 件のコメント

    • >ハヤブサさん

      おはようございます。就労を真剣に考えています。
      それよりツイッターアカウント消しちゃったんですか?
      少しショックでした。でも御存命で安心しました。
      いろいろありがとうございます。

      • ATさん,また少しでも体調良くなり次第アカウント復活しますね。その時はフォロバお願いしますね。

        • >ハヤブサさん、心身の具合があまりよろしくないご様子。お体大切にしてくださいね。アカウントお好きな時に復活なさってください。
          フォロバもちろんです。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    近畿在住。単身男性。アラフィフ。 向精神薬害で毎日闘病。 慢性ストレス疾患にて仕方なくレキソタン服用。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的に窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問看護を受けています。 診断は「抑うつ」障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!