毒父との和解にはお金の土台

気になる障害年金の更新

少ない金額とはいえ、これまで貯金を切り崩していた中での障害福祉生活の助けになっているのが
障害年金です。

基礎障害年金だと月額6万6千円程度でアルバイトでも稼げる額です。

それでも毎日地獄のような苦痛。家事がやっとの状態。とても外で継続的に働くことはできません。

なので障害基礎年金は命綱。2018年に支給されたことにより、貯金の減り方が緩やかになり、
毒親からのネグレクト攻
撃を4年受けながらも命脈を保つことができました。

こうした経済基盤があってこそ毒親との長期徹底抗戦を戦い抜くことができました。

そして4年ぶりの北近畿の郷里帰省を果たしました。これらの土台、原動力はお金=障害年金と貯金という経済土台で
あったことと分析しています。

決して父の心が寛容になったわけではない、私の観念的祈りが通じたわけではありません。

遠方の父からあらゆる経済制裁と罵声を受けながらこの4年過ごしてきたのです。

もう父から捨てられた存在で父は私が「破産して狂い死に」するのを遠方の父はカウントダウンして待っていたのです。
残酷です。

その父も4年粘った私に怒りが収まったのでしょう。許されたのです。

しかしそれは本当の「許し」ではなく、
父が「根負け」したというのが正解でしょう。

2017年に障害福祉を申請。福祉ヘルパーの訪問を受け、
意識を回復させ、精神の孤立から立ち直りました。

途中相談員Tの嫌がらせがあるなど不本意なこともありましたが、

それでも毒親と一度決別し、
自死まで考え追い詰められた私の傷ついた心を支えてくれたのがヘルパーさん達。

そしてネットの心ある人達のおかげで意識を回復させることができたのです。

障害年金はその延長です。つまり人とのつながりが生きる気力となり、複
雑な障害年金の請求を行うことが出来たのです。

社労士だけの関与では申請することすら無理だったでしょう。

やはり人間には、人の力が人間には必要なのです。

その「人の力」を家族でありながらも一方的に、意図的に遮断し、
精神的、経済的に追い詰めた父・・・

前回の記事で「和解」したと書きましたが、これまでの精神的虐待の経緯を考えると、
一応の「手打ち」といったところです。

そもそも私は障害年金を受給せずとも経済的にやっていけたのです。

それが薬害で倒れヘルパーの支援が必要とするところまで追い詰められたのです。

その状況を知って、その間も私を忌避、罵倒していた父。その残虐行為は今でも私のトラウマになっています。

表向きの和解、表向きの調和。

父との和解は、実は全て母のため。いくら私に非があろうとも、
弱っている人間を放置、ネグレクトし、時には罵声を電話で投げかけました。

人間のやることではありません。毒父はそれを「厳しさ」と正当化しているでしょう。

しかし本当に厳しいのは私で、90年代に家を出ておけば父に依存することな
く完全に自立できていたのです。

この点悔しさが残っています。

そうした経緯を無視して一方的に私を裁いた父。

筋萎縮と胃痛という現実があるとわかっていてもです。

どこまで自分勝手に病気と障害の息子に精神的暴力を続けてきたか。(母に対しても)

それが今年2019年に平和になったのは家族の絆とか愛情ではありません。

お金の=障害年金と貯金でこの4年粘ったからに他なりません。

「金の切れ目が縁の切れ目」の逆バージョンで金巡りが良くなったから父から許されたのです。

「金で判断する父に注意」

父の甘言、接待術にはもう乗りません。まだ胃とノドのイガイガ感は続いています。
ベンゾ薬害によるものですが、

父から遠隔DVをされていた時期に発症した症状です。

この痛みと違和感がある限り、父がいくらとりつくろっても、

私の心には「経済土台があるからこそ、あなたは寛容なんだ」

「困った時にジタバタして怒号を投げつけ続けたあなたの人間性は
もう分かっている」と言いたいのです。

今は家族間の平和と対話を表面上取り戻しましたが、

その根底には経済=お金の大河が流れている事実を忘れてはなりません。

障害年金の更新時期。このような経済土台がなければ人間扱いされない経験を受けてきたので、

今年の障害年金の更新が
成功するかとても気になるところです。

福祉でヒトの力、障害年金でお金の力を味方に父に対処しなければなりません。

衰弱した筋肉、食欲皆無の日々。毎日地獄の苦しみの中での金策と家族外交。

若い時に想像もしていなかった運命です。「親の甘さが毒になる」と言われますが、「親の因果が子に報い」とも言われます。

全ての責任がアダルトチルドレンにあるわけがありません。

原因結果を突き詰めるとやはり親に責任と非があるのです。

因果律で求められるのは数学、科学、自然科学。因果律で求められないのは「運」です。

単に「運が悪かった」とは言えない毒家庭。そこから救ってくれたのが福祉制度。

福祉ヘルパー、障害年金なのです。

今はこうした福祉制度に頼るしかありません。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

近畿在住。男性。 向精神の薬害で闘病中。 原因薬剤は、精神安定剤のベンゾゾジアゼピンです。 ベンゾ離脱後にさらに悪化しましたが2019年7月3から断薬。 鍼灸治療が奏功し改善しています。 薬はのんでいません。 当ブログは療養記録です。 2020年2月料理日記はじめました。 ベンゾとあまり関係ないようですが、 「医食同源」の立場から砂糖や添加物を除いた料理記事を中心に 記載します。 (ベンゾ服薬歴) 2000年 レキソタンからベンゾ開始。 以降ベンゾ系の睡眠薬を服用。 2007年レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を カクテル処方され、2015年まで8年長期服用。 2015年から大幅な減断薬開始。 猛烈な胃痛と痩せに襲われ 筋萎縮の後遺症に陥り現在も療養中です。 長期療養生活による失業状態で障害基礎年金が主な収入源です。 経済的に窮しています。 2017年から「障がい福祉サービス」の訪問介護を受けています。 2019年から訪問の鍼灸施術マッサージを受けています。 診断は「抑うつ」。 現在ベンゾ薬害に関する記事はたまにしか書いていません。