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痛みの中で福祉と資本主義について考えた

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全身が痛いです

先日の梅田散策は気分転換になりましたが、背中が痛みが全身に響き渡り、
この数日臥せっています。

もともとベンゾ減断薬でほぼ寝たきり状態が続いて筋肉
減少と筋力低下が慢性化していた中の急な外出。

梅田の地下街と百貨店をぶらぶら歩いたので、
疲れるのは当然といえば当然ですが、

足ではなく背中特に背骨が痛むとは思ってもみませんでした。

人体の構造は不思議で痛みに耐えながら過ごしています。

筋肉痛で、通常なら太ももや足腰が痛くなるのに、なぜ背中が痛むのか?

不思議でなりません。

胃の不調も続いています。

梅田散策という外出で気分転換になり、精神的な意味で自信につながりましたが

3日経っても体の痛み治りません。

しかしこの痛みは、落ちた筋肉が再生=超回復する前兆かもしれず、
筋肉痛は私にとって実は喜ばしいものかもしれません。

筋力トレーニングの超回復理論によれば、筋肉を使った後の休息期間に筋肉は回復するといいます。

私の場合も落ちた筋肉が、外出で筋肉を使ったことにより回復するのなら、
今の痛みにも希望が見出せます。

「今までにない痛み」

とはいえ、今の筋肉痛はこれまでにない痛みで、それも全身の筋肉が減少した状態ですので、

痛みが骨のあたりにまで響く感覚があります。

これまで経験したことのない痛みです。

この痛みと緊張をやわらげるために、レキソタンを必要とする自分がいるのですが、

あまり薬に頼らず、筋肉だけ回復して断薬できないものか?と都合のいいことばかり考えています。

そもそも筋肉減少はベンゾジアゼピン薬害によるものか?、つまり中枢神経の故障によるものか、

栄養失調、老化、ストレスによるものか?原因がいまだに確定できない状態です。

ベンゾ薬害中枢神経故障説は信じたくありません。

もしそうだとするなら、栄養を摂っても吸収されず、運動しても疲れず、ただ筋肉が痩せていく状態だけが

続きます。

仮にそうだとしても、どこかで止まって回復するのではないでしょうか?

よく考えてください。中枢神経が故障しているのなら、今のように食べたり歩いたり、タイプを打つことはできません。

家の中が中心とはいえ、普通に過ごせるのですから、どこかで必ず回復するのではないでしょうか?

ベンゾジアゼピンが破壊的作用をするのは確かですが、他の要素、「老化」、「ストレス」、「
栄養」といった側面を忘れてはいけません。

神経伝達に何らかの支障があるにせよ、福祉医療の力と栄養療法でかなり改善できると信じています。

私はこれまでネガティブな状況だけを選んで書いてきたのではありません。
ベンゾジアゼピンは麻薬類似物質ですから、その禁断離脱症状や後遺症が出て当然です。

中枢神経にも何らかの支障が出ているのは間違いありませんが、「回復しない」ということはなく

必ずどこかで回復すると信じたいです。

 

「福祉と資本主義」

問題は回復までの1)「お金」という経済土台。2)福祉医療のサポート体制という社会的土台。
3)私個人の人生観や人間観といった精神意識、
宗教哲学的な領域

こういったことが整える必要があります。

1)のお金とが一番難しいですね。

今は貯金と障害年金、親からの支援があり、なんとかしのげていますが、
貯金も年金も親の支援もいつまでも続くわけがありません。

ボロボロになった体で金策をせねばならないという現実にも直面しています。

今は、「休養」が必要です。

疲労物質による筋肉痛はおそらく1週間程度で治ると見込んでいますので、
今はただひたすら耐えるしかありません。

「福祉は新体制でのスタート」

新しい相談支援専門員と訪問看護に変わったので、環境変化のストレスが多少ありますが、

今度の新しい相談支援専門員と訪問看護ステーションは、以前の担当よりずいぶんマシな人達で

ケアに専念できそうです。

しかし福祉分野は未知な側面の多い分野であることには変わらず、また以前からのヘルパーさん達への
配慮もしなければならず、
この点まだストレスになっていのは確かです。

とにかく「安定」が欲しい。

お金にしろ、福祉医療にしろ、「安定」がケアの基礎であり、心の充実に不可欠です。
これで肉体的な痛みや不具合を改善できるのです。

お金は節約し、多少の収入があれば、まだ少しは持ちます。

福祉医療も新体制が軌道に乗れば、これも力になります。

昨年、障害を認定され人生が一変しまして福祉を受け入れる決断をしましたが、

最初のケアマネは貧困ビジネスが本業?と思えるほど、威圧的でビジネスライクでした。

今度の新しい相談支援専門員もどう出るかわかりませんが、今は期待するしかないでしょう。

手続きや連絡をオンライン化し、自分でできることはなんでもする。

しかし負担にならないようにする。

法律や制度に詳しくなる。普通の学力があれば、この点は何ら問題ありませんが、

悪い業者に当たると、平気で法律や契約の曲解を仕掛けて威圧してくるので注意が必要です。

障害者は法律で守られています。

業者とかわす契約は「省令」であり、福祉業者はこれに従わなければならないのです。

契約違反=省令違反ということを覚えておけば、福祉業者に臆することはありません。

虐待防止センターに通報することで抑止することもできます。

まあ、こういう心配をせずに福祉サービスを受けることができればいいのですが、

そこは「資本主義社会」。お金という土台、資本主義的取引が根底にあることを
忘れてはなりません。

どんな美辞麗句もお金の基礎があるからこそ成り立つのです。

福祉業者が金目当てで参入することが批判されていますが、それが貧困ビジネスにつながらない限り、
お金目当てでの参入はそれほど悪くないと思います。

もし利益の追求をやめれば、ただの社会主義、共産主義になります。

これでは偽善の契約になります。

人間は理性だけでは完結しないのです。

必ず、情があり本能があり、欲があります。それをお金に換算することで、全体として

トラブルのない、弱者でも生き残る道ができるのです。

資本主義は資本主義の面で悪い面がありますが、だからといってそれに代わる社会主義や共産主義といった
実験もソ連や東欧の崩壊の歴史を見てもわかるように、
制度としては最小限に留めるべきです。

マルクスの資本主義分析は正しくても、その主義を制度化した社会は隷従への道で

一部の特権者だけが得をし、多くの人が弾圧されるのです。

福祉は「ミニ社会主義」の分野です。

業者には、行政から補助金や助成金がでます。つまり税金で運営されているのです。

ここに介護保険法による民間業者の参入が始まり、福祉がビジネスとして市場経済に組み込まれているのが

現在の福祉分野の現状です。

ですから、福祉業者はピンキリ状態です。利用者、ユーザーが選ぶ時代です。

福祉という本来国家が担うべきことを民間に委託し、市場経済原理が
福祉に働き始めたのです。

心身の痛みをこうした経済や制度の変化の中で受け入れていかなければならないのです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

アラフィフ男性。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的にも窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護員(ヘルパー)さんとの心温まる日常を送っています。気分変調症。障害基礎年金2級。薬害、障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!