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セルシン断薬に関するメモ

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「セルシン断薬に関するメモ」

私はベンゾジアゼピンをレキソタンだけでなく、

セルシンも長年服用していました。

2剤同時服用、いわゆるカクテル処方です。

ベンゾジアゼピン最大服用時=レキソタン一日15mg+セルシン1日15mg

=合計30mgを2007年から2015年までの8年間服用していました。

よって今までのブログ記事「レキソタン断薬に関するメモ」は、

正確には「セルシン断薬に関するメモ」でもあります。

セルシン(ジアゼパム)の離脱禁断症状はレキソタン離脱症状に比べるとわかりやすかったです。

まずセルシンを大幅に減薬したのが2015年5月。

医師の指導でセルシン5mg玉をセルシン2mg玉に置き換えられ強制減薬が始まりました。

減薬ペースが早かったのですが、「予備のレキソタンがあれば大丈夫」と
油断して医師のやるままの減量処方で
そのまま急激な減薬しました。

セルシン減薬直後、薬が減るにつれ、意識が少しずつ戻る感覚がしました。

そして昔聴いた音楽が延々と鳴り響きました。

一方で筋肉減少が始まり、
顔はゲッソリやせ、内科医から別の精神疾患を疑われました。

それでも当時はまだ、買い物にでかけられました。

しかしこのままでは危ない、何らかの福祉措置が必要と思い、

2015年に役所に飛び込み、はじめて自立支援を申請しました。

(なんと心療内科に通院して15年目のことです。それまで3割負担もったいない・・)

セルシン減薬は続き、胃酸逆流しながらも、

2015年12月にセルシンの断薬が名目上終了しました。

「セルシン離脱症状」

セルシン断薬後の半年間、2016年4月から7月にかけてのセルシン離脱禁断症状を以下。

まず、物凄い汗が出ました。「汗が飛び出る」という表現がぴたりと当てはまるほどでした。

しかしその大量発汗は、セルシン断薬後の2017年1月から7月にかけての3か月程度です。

2016年8月から急
に汗をかかなくなりました。

真夏なのにエアコンもいらないほどでした。
体温調整機能がおかしくなり汗が少なくなり寝室に横になっていました。

当時無汗症を疑ったくらいです。

もう一度回想します。

セルシン断薬後は2017年7月まで発汗、胃酸逆流が続き
強烈な胃炎で消化器内科のドクターショッピングを4件以上。

ゲッソリ痩せこけマブタが下がりました。

外出先で道行く人からギョッとされたのを覚えています。

そこから、「太りなおす」という奇妙な言葉のスローガンの下に食べに食べました。

とにかく好きなものを食べました。まだ何とか残っていた
食欲と行動できる筋肉で外食を楽しみました。

「おそらくこれが最後の外食になるだろう」という予測をしながらです。

残念ながらその予測は当たり、
その後自宅で倒れ込み一人で外食ができなくなりました。

家族に電話で助けを求めても罵声を浴びせられました。

当然、仕事などできるはずもなく、2015年に休業届け(税法上は申告義務があります)

一切の名義を個人名義に移し、自らのありのままの姿に戻ることにしました。

そうしている中で

「見栄を張らず」「自分を大きく見せようとせず」「ただありのままに・・・」

と意識はベンゾをのむ前の謙虚な自分に戻りました。

そして自分のデタラメな人生の原因は、

ベンゾジアゼピンなどの薬だけでないことに気づきました。

即ち自分の父親から過保護にされ洗脳されたことで「本来の志」を見失い、
自滅的な行動をとっていたことに気づかされたのです。

ベンゾジアゼピンの薬理作用だけでは説明できない奇妙な言動の数々。

つまり思慮の浅い父からの洗脳で完全に自分を見失っていたのです!

セルシン、レキソタンなどベンゾジアゼピンの大幅な減断薬とともに父からの
洗脳解除が同時並行したのです。

それに伴い

物凄い苦痛と反省と後悔、そして無念。慙愧の念・・・

自分の高慢さは昔の偉い僧侶が戒めた煩悩(傲慢、強欲)に見事に当てはまります。

そのくせ自分の人生を楽しんでいない。

「本当は何をやりたいのか」意味不明な言動。

これは薬が直接の原因だと思っています。しかし父からの洗脳も酷いものでしt。

私の愚かな言動に

周りの誰もアドバイスしてくれる人はいませんでした。

それどころか思慮の浅い父から過剰な期待をかけられ甘言を弄せられるか、
他人から歯意地の悪い策略ばかり
張り巡らされていたと今から振り返ってわかります。

自分で気づくしかなかったのですが、

ベンゾジアゼピンを大量に飲んでいたのですから、
普通の思考や判断ができないのは、読者の方にも容易に想像がつくと思います。

この辺は「言い訳」になりますが、「薬と洗脳」という概念でご理解いただければ幸いです。

「転機はインターネットから」

2015年から少しずつ筋肉が薄くなり、
今では心身共に身ぐるみはがされた状態になりました。

貯金は僅か。40代半ば。もう何もかも下降状態です。

2016年、進退窮まった私は2015年に開設していたライブドア・ブログに
思いの丈を綴りました。

そこで心ある人達からの
励ましと助言を受け2017年に役所に駆け込み、
現在福祉ヘルパーを受け精神的錯乱が治まりました。

そして2018年現在、少しずつ日常生活にも余裕と平穏が戻ってきました。

精神をやられた人のような顔つき、重度の抑うつ・・・

一昔前なら強制隔離されていたでしょう。

それがインターネットと福祉のお蔭で自宅で不審死することなく、

また措置入院することもなく、何とか自分の力と権利を取り戻しつつあります。

すべてインターネットでの情報発信と情報収集そして情報交換のお蔭です。

セルシン断薬から3年。途中2017年春先に
一時的にセルシンを復活させたことがありますが
(ドグマチールを避けるため)、
昨年2017年に通院できず強制断薬を継続し、今ではレキソタン単剤で凌いでいます。

変薬するつもりはありません。レキソタンを増量するかもしれませんが・・・

「セルシン後遺症」


それはさておきセルシン後遺症。

セルシンを減らし始めた直後くらいの2015年から筋肉が減り、
胃は弱くなりました。胃酸逆流も経験しました。

セルシン最大服用中はフワフワした感じでずっと頭がぼっとしていました。

最大服用時に自転車で転倒したことは一度だけですが、
よく1日30mgのベンゾジアゼピン2剤を服用しながら事故にならなかったと

今では戦慄さえ覚えます。

残すはレキソタンのみですがこれも
断薬と再服用を繰り返しのキンドリングです。

この辺はこれまで当ブログでも書いてきた通りです。

「味覚・・・」

今は完全に食欲が途切れ大好きだった「寿司」もあまりおいしく感じられません。
せっかくの高級寿司を前にしても
以前の空腹感はなく、もの寂しい限りです。

 

ただ「外食している」、「特別おいしい魚のネタ」
ことを感じる自然の能力は失っていません。

セルシン、レキソタン、少なくとも8年以上大量のベンゾ
ジアゼピンに浸ってきたわけですから、

脳がベンゾ無しではすまない状態になっているのです。
後遺症により味覚も鈍化しています。

食の楽しみさえ奪われ遠方の家族から総攻撃。

40代半ば。これまで多くのチャンスとお金、筋肉に恵まれながら、こうも落ちぶれるとは、
自分が愚かだったせいもありますが、ベンゾジアゼピン薬に依存していたからです。

もっとも賢明な人間はこのような薬には手を出しませんので、私が動物的本能において劣っていたのです。

人間的にも劣っていたのでしょう。

しかしプロパガンダということには、薄々気づいていいました。

また(ベンゾを)抜く時はどうするのだろう?
という漠然とした疑問を持ち医師に質問したことさえあります。

今から思えば当時の疑問が正しかったのです。
医師への性善説が良くなかった。とりわけ精神科医、心療内科医への性善説は成り立ちません。

セルシン断薬から3年経過。

今はレキソタン5mg単剤で何とか自分を保っています。

この3年を通覧して筋肉減少はセルシンの後遺症なのが明らかになりました。

セルシン(ジアゼパム)はアルブミン占有率が高くタンパク質に付着します。

ですので、代謝が悪くなり離脱後は代謝が悪化します。
ホルモンバランスも乱れます。

またセルシンは抗てんかん作用もあるので、
服用中は支離滅裂、お花畑状態です。

こうしたことにセルシン断薬後に気づくのです。

また断薬により統合失調症のような状態が出るのです。

胃痛、味覚麻痺、体の違和感。すべて内科的には異常はなく、
これを訴える私は
統合失調症扱いされるのです。

昔なら隔離され統合失調症(精神分裂病)とされ、さらなる薬漬けにされていたことでしょう。

仮に統合失調症だとしても、そのような症状は「医原病」です。

薬では治りません。

自然治癒力しかないのです。

「福祉ヘルパーの力で自然治癒力を」

理解ある福祉ヘルパーの介護で少ずつ意識と自尊心を取り戻しつつあります。

セルシン断薬後の抜け殻状態での「気づき」
です。

あまりにも遅すぎる気づきです。

失ったものの大きさに気づきですす。

今の状況は「セルシン断薬に関するメモ」が正確ですね。

既に過去ログでは「レキソタン断薬に関するメモ」と題しましたので、その点は、そのままにします。

セルシンの存在を忘れていました。今ではセルシンが最も有害ではなかったのか?という疑問が
確信に変わりつつあります。

レキソタンで安定させつつ、セルシン後遺症と戦っていきたいです。

体力が回復すればレキソタンは案外簡単に抜くことができるはずです。

それまでの生活資金、福祉ヘルパーの活用に自分の人生がかかっています。

 

しっかり断薬できているのは、セルシン。後遺症はセルシンが原因。

レキソタンは内海聡氏によるとそれほど離脱禁断症状も後遺症も出にくいとのこと。

セルシン後遺症にレキソタン継続はありですね。私のような2剤カクテル処方の場合に限りますが・・

アシュトンマニュアルでセルシンに置換された方はセルシン単剤で断薬されたらいいと思います。

私ほど害はないと思います。断薬有志の方達の健闘を祈ります。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

1971年生まれ。経済学部卒。関西在住。単身。 向精神薬害で毎日闘病。機能性ディスペプシア(FD) 慢性ストレス疾患にて仕方なくレキソタン服用。 ブログは毎日更新。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的にも窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問看護を受けています。 気分変調症。障害基礎年金2級。障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!