あらゆるトラブルの原因は経済

思い切ってレキソタンを朝夕5mg×2の10mgに再服用して3日ほどになります。
夜眠れる日が多くなり、朝起きると飲まなくてもいいような感覚になり、
また断薬を試みようとしましたが、そこは過去の教訓を生かして、レキソタンをしっかり飲むようにしています。
少し調子が良いからと断薬すると「抑うつ」が酷くなるので注意が必要です。

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それでも筋肉減退は今でも続いたままで、これはレキソタンをのんでも治りません。

筋肉減少の原因が中枢神経故障ではなく、
抑うつによる栄養失調、運動不足によるものなら、最小限のレキソタンでQOLを高めれば、
栄養量と運動量が増え、少しばかり筋肉が戻るかもしれないという期待があります。

昨年に比べると筋肉は落ちても体重が増えました。、腹回りばかりですが、
それでも体重が増えたことで脂肪エネルギーが蓄積され体温
が安定しています。基礎体力はついてきているようです。

筋肉減少の原因がわからないままレキソタンを再服用し、不安ですが、
それでも胃痛など内臓の痛みを緩和されています。

レキソタンの作用は、あくまで麻酔的緩和で健全とは言えませんが、
慢性化した痛みには有効な方法は今のところレキソタンしかなく、
本当は飲みたくないレキソタンなしには耐えきれません。

ここに合法麻薬としてのベンゾジアゼピン薬剤の意義があるのでしょうか。

「福祉を導入した日常」

レキソタン(ベンゾジアゼピン)を服用しながらも社会福祉を導入。
ヘルパーさんに週3回、看護師さんに週一回。
移動支援専門のヘルパーさんにも来てもらうことになりました。

完全に福祉中心の日常になっています。人の出入りが多い時は疲れることが多いものの、

一人精神薬を服用し孤独に過ごしていた日々を考えると意識は明瞭となり、
家事や行動が増えました。

ヒジヒザ回りの筋肉が薄く、弱くなり起居動作が辛いにも関わらず、
理解ある人が傍にいてくれるという「存在感」
が私の力になっています。

これまで猜疑心が強く孤独を愛していたにもかかわらず、
今では誰かいてくれないと精神的に参ってしまうという
「自分の弱さ」を見つめるようになりました。
同時に両親の過保護で洗脳され他人と共存することができていない自分も発見しました。

私はもう40代半ばのいいい大人です。親が愚かだと子供の自立が大幅に遅れい
わゆる発達障害に陥るのではないでしょうか・

発達障害、ADHDなどレッテルはられていますが、

それは単に「過保護な子供のまま大人になった」状態だと思います。

こういう人は、周りにたくさんいます。今70前後の親たちは戦争に行く必要もなく、
平和な日本で高度成長という日本経済の時代が良
くてお金があったからこそ身分不相応な家庭を築いた。

そのまま子供を育てたからその家の子供は悲劇です。

私たち団塊ジュニア世代は過保護。

今の子供たちは単なる「虐待」が多くなっていると報告されています。「過保護も虐待」というのなら、私もある意味虐待されてきたといっても過言ではなく、
その上にさらに精神科という「社会的虐待の罠」
に陥ったといえます。

今、私は両親(老親)から実質ネグレクトされています。

光熱費は入れてくれていますが、食費や通信費、
医療費、雑費などは貯金と年金から取り崩して生きています。
このままでは「ジリ貧」です。

何とか収入を上げたいのですが、筋肉が大幅に減った体で
は家事がやっとの状態で外で働くことは到底できません。

ネット収入はどんなに行っても3~5万円程度でしょう。

心身の不調の中、生活費への苦悩までも覆いかぶさってきます。

福祉を受けるにもお金が必要ですし、どこまで行っても「お金」に追い掛け回される日々です。

「最初から独立しておけばよかった」
今思うのは10代20代の若いころに親元離れて独立しておけばよかったということです。

少なくともその後精神薬の罠に陥ることなく健全に過ごせていたでしょう。

20代その能力も準備もできていたのにサラリーマン以外の道を歩ませようとした父親のエゴに騙されました。

20代後半からはレキソタンなどベンゾジアゼピンを服用し、ますます依存ー過保護の悪いサイクルができました。
30代から個人事業の見習い。経済的に少し独立。物理的にも独立でしたが、
経済支援を受けながら物理的独立での一人暮らしが実態でした。

40代に入り、近隣トラブル=集団嫌がらせを闘い、それまでの一人暮らしの無理もたたり3年前に倒れました。
一人苦痛で家の中で倒れ込み、2015年思い余って家族に助けを求めたところ

遠方200KM以上の遠方にいる親から実質見捨てられました。電話で罵倒され続けました。

親とは別居で物理的には独立状態でしたが、精神的・経済的依存しており、

家族以外心を許せる人がいませんでした。それが小さな事業の失敗を機に精神的にネグレクトを受け
経済的にも支援の一部が中止されています。

ベンゾ減薬中の弱り目に祟り目でまさに地獄のような思いでした。
同時に親が自分の息子を「金づる」にしか見ていなかったことに深い失意と衝撃を覚えました。

本当の家族なら病気と障害で苦しんでいる息子を放置しないはずです。

それが親は息子への勝手な思い込みを裏切られたと解釈し、勝手に裁判され私刑【リンチ】を受けました。

こんな野蛮なことはありません。どんな犯罪者にも弁護士、弁護人がつくのに、私は一方的な断罪を受け弁明の余地さえありません。

いわゆる「愛憎」でしょうか。愛は憎しみにかわる」のでしょうか。
それとも単に息子をペットか何か愛玩動物くらいにおもっていたのでしょうか。
いずれにせよ両親からは、真の人間愛、家族愛、道義、信義がないことは確かです。

非道の理由は分かりません。もしかすると「お金」経済かもしれません。

息子への支援=投資=リターン期待、それがなかったから
という経済的原因からの私的制裁かもしれません。

理不尽な制裁の原因は限りなく経済的原因です。しかしこれは父の方が悪い。

そもそも私の経営計画に全てに反対し、帳簿も通帳も状況報告もすべて
途中報告していたにもかかわらず父はそれを了承していました。

そもそも事業立ち上げ時の私の計画に反対した経緯が父にはある。
それで息子の私は事業経営に混乱した。
さらに近隣トラブルに巻き込まれた。それもベンゾを大量に飲みながら・・・です

こうしたこちらの言い分は一顧だにされません。

しかし今の父からネグレクト、経済支援一部中止の今は完全なる親離れからのチャンスです。

もう自宅にも帰らなくなって4年目になる父。母も90代の祖母の介護で年に数回帰ることができていたのですが、
その母も今年は帰宅せず。

今は父名義の空き家に住んでいる状態で福祉を受けて意識が明瞭。
力を取り戻しているところです。

ここで私が社会資源を有効に活用して経済的自立を計れば、
一方的な毒親から完全に離れ真の自由を手に入れることができるでしょう。

「精神障害」という社会的にマイナスな境地に自ら陥ったからこそ、道が拓けて来たとも言えます。

自分の弱さを認め社会に助けを求める。一部の福祉業者や精神科医から「甘え」と断罪され、
虐待の正当化の理由にされる残念なことが
ありましたが、今度の福祉関係者は良識的な方が多くもしかしたら、福祉を通じて
自分らしさ取り戻しつつお金に換算できる仕事に結びつくかもしれません。

人間は一人では生きていきません。家族にしろ、社会にしろ、共存しなければなりません。

富を得るにも集団でないと所得を得ること難しいです。

しかし福祉を通して社会的に自立できる道が制度として用意されているのは確かです。

それは何もA型、B型就労支援やグループホームといったものではなく、自ら福祉を仕事にするという道です。
厳しくて難しい道なのは承知していますが信頼できる人間関係を築いておけば大丈夫です。

それも「お金」でつなっがっておく。金銭愛は悪く言われますが、日本はどこまでいってもお金が中心の資本主義社会。

利害関係は当然で、お金のつながりこそ正直な人間関係です。それも対等な相手とギブ&テイクが望ましい形態です。

毒親からのネグレクトといった虐待も根本原因が経済=お金にあるのですから、今度は生産的な方に
富や資源を計画的に利用し、資本を増やせばいいのです。

マルクスのいう下部構造(経済利害、生産力)が上部構造(法律、制度、文化)を規定する」
つまり存在(経済)が意識(観念)を規定するのです。

繰り返しになりますが、長年の愛情を受けてきた親子関係も金銭トラブルが原因で実質破たんしたことを

考えると、愛情、意識、友愛などの観念、意識は経済土台、経済利害によってその基礎が気づかれているのです。

お金という基礎の土台がいかに重要か、病気と家族トラブルの中で痛感しました。

しかしお金がすべてで銭ゲバになれという意味ではありません。

愛も平和もその底流に経済という大河が悠然と流れているのです。この事実は意識されずらいので、
明確にしておいた方がいいでしょう。

さて。筋肉減少やレキソタン依存、離脱、後遺症など克服すべき課題と障害は多いですが、
ネグレクトされ、福祉の力を借りながらも自らの資本を増やせば、「自分のための人生」を
送れるのではないか?と期待しています。

とはいえ、アラフィフ間近になって時代から取り残された感があり、悔しさと気後れ、

過去の記憶がとめどもなく甦る薬剤性フラッシュバックなど精神的・心理的苦悩と闘いながらです。

また繰り返しになりますが、ここで大切になるのは最低限の体力とお金です。

身も蓋もありませんが、体を壊して「お金」がいかに重要で社会の潤滑油になっているかがわかりました。

肉体的基盤とともに経済的基盤。あまり気づかれにくいでしょうが、
この2つの大河が個人と社会の底流に大きく流れているのです。

こうした経済土台の「現実」抜きに個人も社会も語れないという信念があります。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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2 件のコメント

  • ATさん、こんばんは。
    就寝前にアミトリプチン5mg投与して4日が過ぎました。

    効果
    精神:深い抑うつで、上昇の兆しなし。
    身体:慢性疼痛に全く効果なし。
    副作用
    味覚障害発症。何を食べても苦く感じるようになり、
    唯一の楽しみであった食事が苦痛に。

    この調子だと副作用だけで、後々その後遺症のみに
    苦しむ自分を想像してしまいます。
    それでも、寝たきりにならない限り、50mg/dayまでは
    増量したいと思います。
    また、書き込みます。

    • >愛読者様

      アミトリプチンというかなり軽め(?)の抗うつ剤のようですね。
      25年前に別の医師に処方され飲んだことあるかもしれません。
      抗うつ剤はあまり効果がないと思います。
      軽いからでしょうが、それだけ安全だと言えます。

      抑うつ、慢性疼痛、食欲皆無に奏功せず、ですね。
      私とほぼ同じです。
      味覚障害もありますので、牡蠣を専ら食べるようにしています。

      神経変性が原因かもしれず、焼け石に水かもしれません。
      失意の中にある心中お察しします。

      どこかでV字回復する時期が来ればいいのですが・・・
      ただただ祈り過ごす日々です。

      お大事になさってください。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    近畿在住。単身男性。 向精神薬害で毎日闘病。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的に窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問鍼灸施術受けています。漢方生薬も2019年5月下旬から開始。東洋医学にかけています。 診断は「抑うつ」障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!