「筋トレ控えめ・酒・少し太る暮らしが心身にちょうどいい理由」

 


筋トレを控えめにして、少し太るくらいがちょうどいい

はじめに

ここ最近、自分の体調を見つめ直しながら、暮らし方を変えています。
結論から言えば、筋トレはほどほどにして、酒を飲み、少し太るくらいが自分には合っているのではないか――そう思うようになりました。


ハードな筋トレと断酒で失ったもの

数年前、私は体力をつけるためにとにかくハードな筋トレをしてきました。
同時に健康のためにと、お酒を断ち、食事量も抑えて体重を落とすことに集中していました。

確かに筋肉はつき、体重も落ちましたが、待っていたのは意外な現実です。
体は引き締まったものの、免疫力は低下。ちょっとした風邪で寝込んだり、体調を崩して寝込むことが増えました。
何よりメンタルにも影響があり、気分が落ち込みやすく、どこか自分を責めるような思考が強くなっていったのです。


朝散歩と酒、そして「少し太る」という選択

試行錯誤の末にたどり着いたのが、筋トレを抑えめにして朝散歩を中心にすることでした。
朝の空気を吸いながら30分ほど歩くだけで、体も心もほどよく目覚めます。
無理に追い込む筋トレをしないぶん、体力に余裕が生まれ、散歩を習慣にすることができています。

そして、断酒をやめて適度にお酒を楽しむことも再開しました。
もちろん飲みすぎは禁物ですが、ほろ酔いでリラックスする時間があると、心がずいぶんと穏やかになるのです。

さらに、これまでは体重を落とすことばかり考えていましたが、最近は少し太るくらいがむしろ免疫力のために大事だと感じています。
食べる量を増やし、体に必要なエネルギーをしっかり取り込む。
その結果、顔色が良くなり、疲れにくくなっている実感があります。


「堕落」ではなく、自然体の暮らし

「筋トレをさぼり、お酒を飲んで、太るなんて堕落ではないか」
そう思われる方もいるかもしれません。
でも、実際に体の声に耳を傾けてみると、これが自分には一番合っていたのです。

体はとても正直です。
無理をすればどこかに必ず負担がかかり、不調として跳ね返ってきます。
「節制」「ストイック」――こうした言葉は確かに美徳ですが、度を越せば逆に心身を追い詰めるものになります。


顔色を鏡で見るという習慣

最近は、朝晩に鏡で自分の顔色を見るようにしています。
肌の色、目の輝き、頬の張り具合――ちょっとした変化を確認することで、無理をしていないかがすぐにわかります。

「最近顔色が悪いな」と思ったら、散歩の量を調整したり、お酒を減らしたりするだけです。
逆に「少しふっくらして血色がいい」と思えたら、それが自分の適正なのだと思って安心します。


まとめ:少しふしだらなくらいがちょうどいい

きつい筋トレをやめ、朝散歩とストレッチ、ヨーガだけを続ける。
そして適度にお酒を楽しみ、食事もそこそこに楽しんで少し太るくらいでいる
そんな暮らし方をしてみて、改めて思います。

「楽をしてもいいんだ」
「少しふしだらな方が心身には良い」
そう思えたことが、何よりの収穫です。

これからも体の声を聞き、無理をせず、顔色を鏡で確かめながら暮らしていこうと思います。


おわりに

無理な節制も、ハードな筋トレも必要ない。
自分をいじめるより、自分をいたわる――
そんな「自然体の健康法」で、これからも心身を整えていきます。


 



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ABOUTこの記事をかいた人

50代男性。現在、自立支援医療や障害基礎年金2級、手帳2級の社会福祉制度を活用しながら自宅療養中。 2000年よりベンゾジアゼピン系薬(レキソタン、ロヒプノールなど)を服用。 2015年、40代前半に常用量依存と過労の影響で倒れたことを機に、自宅での療養生活を開始。当時服用していたベンゾジアゼピン系薬の有害性に気づき、断薬を決意。 2019年7月3日にレキソタンを断薬。現在、断薬から5年が経過し、筋肉の回復をはじめ身体全体の健康を取り戻しつつあります。 療養生活を送りながら、社会復帰を目指して日々前向きに過ごしています。