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目次】
家事と学習に追われる日常
「散歩に出かけたい」──その思いがあっても、なかなか実現できない日々が続いています。
理由はシンプルです。家事と英語の学習に日々追われ、気がつけばあっという間に時間が過ぎてしまうのです。加えて、天気が悪かったり、体調が優れなかったりすると、ますます外に出ることが億劫になります
外出できないもどかしさ
やはり、外に出ないと心の状態が少しずつ下降していくのを感じます。
室内に閉じこもっていると、視界も感情も狭まりがちで、思考がネガティブな方向に偏ってしまうのです。フラッシュバックもやたら多く自責の念に悩まされます。
事態を打開するため何か新しい風を感じたい、空の広さを肌で感じたい──そんな気持ちはいつも心のどこかにあります。
明日は久々の神戸へ
そんななか、明日は久しぶりの外出。
用事があり神戸へ出かけます。前回は2月に出かけました。3ヶ月ぶりの神戸です。頻繁に出かけるわけではない分、こうした機会は貴重で、自然と「良い気分転換になれば」という期待も高まります。
ただ、少しだけ不安も。長く続く慢性的な筋硬直という持病が外出中に悪化しないかということです。それでも明日は晴れ予報。雨の日のように身体が重くなることは避けられそうで、その点は救いです。
慢性症状と天候の関係
筋硬直や体の重さは、水分代謝の問題とも深く関係しているように感じます。
特に雨の日や湿気が高い日は、むくみや重だるさが強まり、外に出るどころか家の中でじっとしているのも辛いほど。天候と体調がリンクしてしまう体質は、毎日を快適に過ごすことを難しくさせます。
理解されない孤独
こうした心身のバランスの取りづらさは、誰にもなかなか理解されません。
見た目に症状が出ない分、他人からは「元気そう」「大丈夫そう」に見えてしまう。けれど、実際は自分でもコントロールしきれない体調や気分に苦しんでいる。それを誰かに言葉で説明しても、十分に伝わらない──この孤独感は、日常のなかでずっと影のように寄り添ってきます。
年齢とともに深まる不安
これから年を重ねていくなかで、今よりさらに体力や気力が落ちるかもしれないという不安があります。
ただでさえ持病と向き合い、心と体のバランスを取るのが難しい現状。そのうえで加齢という現実が加われば、ますます生きにくくなるのでは──という考えが頭をよぎります。
それでも希望を手放さない
かつて服用していたベンゾジアゼピン(レキソタン)を断薬したこと自体は大きな成果でしたが、その後に残ったのは想像以上の苦難でした。
それでも、少しずつ前に進むしかありません。立ち止まって考え込むと、どうしても気持ちが沈んでしまいます。だからこそ、明日の神戸行きが、ほんの少しでも「流れを変えるきっかけ」になればと願っています。
何気ない外出が、心の重さを軽くしてくれる。そんな経験がこれまでもあったからこそ、明日という日にも、小さな希望を託したいと思います。
おわりに
理解されづらい不調や孤独感を抱えながら、それでも前を向こうとする。
そんなあなた自身の歩みが、きっと何かに繋がっていくはずです。
明日の空が、少しでも明るく、軽やかなものになりますように。
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