痩せた体でこれからどうするのか?迷い

細くなった足の甲

またレキソタンを再服用。断薬期間は一週間程度でした。断薬と再服用の繰り返しのリズムができています。

断薬期間を定期的に設けることで、最低限ベンゾの耐性がつかないようです。

環境変化として

ヘルパーの急な退職騒動により不安定。この点からも再服用は仕方ありません。

全身の筋肉痩せ、足先の薄化、細くなった足の甲をみると、
「やはり、ベンゾ後遺症による筋萎縮なのか?」
不安にかられます。

2015年に80kg代から60kg前半に半年で激ヤセした経験があるので、もしかすると、この時にストレスによる自律神経の異常とホルモンバランスの異常が生じたのかもしれません。
さらにそのリバウンドに伴う栄養失調状態かもしれません。

この2015年の激ヤセの原因はわかりません。

当時セルシンとレキソタンの混合処方を大幅に減薬しレキソタン単剤に戻した年です。ベンゾの常用量離脱による痩せか?神経症的な体重管理によるストレスで脳にダメージを受けたのか? 長年のベンゾ服用の脳負担と体重変化の脳負担がまず第一に考えられます。そこからベンゾを大幅減薬し、体重を増やすべく大量に食べていました。

つまり脳も消化器も内分泌も神経もベンゾ服用やストレス、その後のベンゾ減断薬ですべてバランスを失ったと考えられます。

2015年に休養宣言を出した後、自宅病床で一人臥せる日が始まりました。

しかし遠方の家族からネグレクト、放置、
電話口でこれまでされたことのない罵倒を受けました。
こうした 精神的虐待を受けたことも
病状を悪化させたことを挙げておきます。

そもそも2015年までの職場と近所イジメの連続にストレスの増大でベンゾを大量に飲むことでしのいでいました。
これは非常に不健全でした。すぐに休養し、ベンゾを減らすべきだったのです。

30代から40代をベンゾをのんで仕事家事をするという過労で過ごすと、やはり、倒れました。心身への負担が半端ではなかったのです。


通俗的な表現をすると、過労と栄養失調で倒れたのです。

さらにそこからベンゾの大幅減薬を開始したため脳の負担を受けたのです。

ベンゾ減薬の時期が悪かったのです。激ヤセした頃に一人家族から放置されて始めました。お金を稼がなければならない状態になりました。もちろんそんなことはできず、福祉への準備を整えました。


無謀なベンゾ減薬でしたが、それでも
自分を取り戻し意識が正常に戻りつつあるのを感じました。

しかし2015年家族からの精神的虐待は想像を絶するほどのものでした。

ベンゾ減薬で一番苦しんでいるときに、とてもひどい扱いを受けました。

上の世代(60代70代)への幼少の頃からの憎しみは増幅されました。
そのような経緯を看護師からも理解されずに逆に罵倒されました。ヘルパーさんは普通に聞き流してくれたので、それほど無茶なことは言っていません。

完全に「弱い宣言」をし、障害福祉を受けているにも関わらずこうした不当な扱いを看護師や相談員から受ける。

「お前の人格が悪い」とでもいうのでしょうか?
日本は法治国家です。

私が違法なことをしたなら法廷で争えばいい。それすらせず、一方的な私的制裁を加えるのは野蛮です。

親世代、同世代、年下・・つまり日本国民全般に言えることです。

弱くなった体でも過去の経験知で不当な扱いには反論はできる。するとこれに対し屁理屈で反発される。それも集団で障害者の男性一人に対してです。

理性も知性も法意識も道徳も何もない人間ばかりです。腐っています。

私にも落ち度がありますが、彼らに言われるほどではない。日本はまだ未開で野蛮な状態に戻りつつあるのです。

しかし「これが普通だ」と言われることもあります。

そうでしょうか?私の経験と観察では、明らかに戦前の教育を受けた祖父母世代と戦後のGHQ教育を受けた世代とでは、法律と道徳、規範意識が全然違います。

一言で言うと「戦前世代は自分に厳しく他人に優しい人達」が多かった。

戦後世代は「他人に厳しく自分に甘い、」偽善者が多いです。

こういうのから身を守るには金と知識しかありません。

しかし私はもう衰退の一途。筋肉でさえ冒頭に書いた通り、足先が細くなり、少しモノに当たっただけで響きます。

今までこんなことはありませんでした。

細くなった足を撮影しました。ブログにアップしようかと考えましたが、

「少し薄くなった程度にしかみられないだろう」と予想し、文字だけの情報でお伝えします。

何もかも衰退する中、明らかに私より劣化している日本人から受ける不当な攻撃からも身を守らなければなりません。

護身のためお金と知識・文化の力が必要なのです。

それもまたベンゾの薬害の前に制限されながらです。

レキソタンは必要です。ベンゾとは縁が切れずこの点の悩みもあります。

そもそも2000年にレキソタンに手を出したのが悪かった。増量、増薬、セルシン追加されました。過労で倒れたところで減断薬による禁断症状、後遺症。

仕方なく今は最小限のレキソタン。無限ループです。

自分は一体何をやっているのか。今までの人世を振り返ると

向精神薬の破壊性に驚きを禁じえません。

福祉からの理解と協力が欲しいのです。福祉業者はその使命を忘れている。

何もかもが理不尽な世の中です。

生きていける間は生きてブログを更新します。痩せこけたヒジヒザでもタイプはできるようですから。痩せの進行はもう止まると思います。推測ですが、これ以上はないような気がします。希望的観測です。このままレキソタンを最小限のみながら生きるところまで生きます。お金の心配もありますが、1年くらいは持つでしょう。とにかく肉体です。「自然治癒力・回復力」を信じるしかありません。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

1970年代生まれ。近畿在住。単身。 向精神薬害で毎日闘病。機能性ディスペプシア(FD) 慢性ストレス疾患にて仕方なくレキソタン服用。 ブログは毎日更新。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的に窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問看護を受けています。 診断は気分変調症。障害基礎年金2級。障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!