ベンゾ依存、衰弱から回復までの軌跡

今日は精神科への通院日でした

障害年金更新の受診歴づくりのための戦略的通院

まあ、「飼い殺し」の一環なんですが今回はその話ではなく
自力で一人で通院できるようにまで回復した軌跡を書きます

9年前2015年の春頃に激やせし胃の激痛で倒れました

それでも最初の頃だったので胃の検査のため内科をドクターショッピングをしたり
精神科にもなんとか通院できていました

しかし2016年の10月(ちょうど8年前)
あまりの痛みと衰弱で自転車にのれなくなり通院できなくなりました

自動車は運転をやめたので利用していませんでした

交通手段はもっぱら自転車です

それがのれなくなったので自宅の自部屋に引きこもりひたすら苦痛に耐えていました

食事は今みたいに料理できずco-opの宅配の冷凍食品や卵と米で雑炊をつくって
それで毎日しのいでいました ほとんど毎日このメニューです

食べても食べても体重はどんどん減って60㎏を切るほどでした

頬がやつれ胃の周りが痛く生きた心地がしませんでした
あまりの衰弱で食べ物を受け付けなくなるほどまで衰弱

自転車で通院どころではありませんでした

当時まだ断薬前でベンゾに依存していたので

薬のストックが当然必要でしたが通院できないので数少ないベンゾを
節約しながらのんでいたのを覚えています

ちょうどベンゾの危険性や断薬や減薬の情報がネット経由で入ってきた
ころなので薬への恐怖心もありました

栄養面、身体面、あらゆる方面で最悪の日々でした

全身の筋硬直から極端な冷え性に陥りガタガタ震えていました

冬が特につらかったです
今みたいにヒーターもなく布団の中でひたすら寒さに耐えていました

「2017年 タクシー利用」

2017年の4月に余りの辛さに救急車を呼び内科入院
暖かくなり体が少し動くようになったのを好機ととらえ行動したのです

それから「これはもう危険だ」と予感し福祉の手続きをタクシーを使って進めました

そしてこの頃からタクシーの利用で精神科への通院を再開

2016年秋に倒れてから約半年ぶりの通院です

さらに2017年7月から福祉ヘルパーさんの家事支援もありなんとか
正気に戻りました

ベンゾはやめたりやめなかったりです

心身は少し回復したものの自転車にだけはのれずずいぶん不便でした

「訪問の鍼灸治療で劇的回復」

転機は2019年 4月に訪問の鍼灸師さんの治療を受けてからです

酷かった左の首と肩の硬直がほぐれました 完全に治ったわけではありませんが
異常な筋硬直が緩和したことで手足を動かしやすくなりました

2019年7月3日 ベンゾ断薬開始

そして2019年の10月に再び自転車に乗れるようになったのです

2016年10月に乗れなくなってから実に3年ぶり
それから自転車にのって通院できるようになりました

当時あまりのうれしさに涙が込み上がてきました

それから時間とともに少しずつ体力がつき
2024年 10月現在、病院だけでなくスーパーに立ち寄って買い物まで
できるようになりました それもベンゾを完全断薬した状態で!

2016年に倒れていた頃を思うと夢のようです

タクシーや福祉ヘルパーに頼っていた頃から比べれば見違えるようです

これはもう立派な自立と思うのですがどうでしょうか・・

苦しかった頃のことを忘れず日々の営みに感謝したいです



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ABOUTこの記事をかいた人

50代男性 私大経済学部卒業  若いころから病気がち アルバイトや自営の仕事を転々とする 現在、自立支援医療、障害基礎年金2級 手帳2級の社会福祉制度利用者 2000年ベンゾジアゼピン服用(レキソタン、ロヒプノールなど) 2015年(40代の前半)にベンゾ常用量依存と 過労で倒れ自宅療養 当時服用していたベンゾジアゼピン系薬物の害毒を知り 2019年7月3日レキソタン断薬 一人暮らしなので自炊。食事の改善をはかる 現在はご飯とお味噌汁の一汁一菜の一日に食生活 障害年金と家族の支援を受けて生活しています。 先の不安を感じながらも 節約と療養に明け暮れる生活を送っています 薬害を受けてもないことにされるという資本主義社会の 矛盾に気づき社会福祉を受けることでマルクスの資本主義分析に共鳴