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離脱症状も毒親も根本はお金の問題   お金で解決または緩和します

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ベンゾ離脱・後遺症の記録

「よく毎日自宅にこもっていられるなあ・・・」

我ながら自分の日常に嫌気がさします。

体は全体的にボロボロで最近になってノドの違和感が再発。

胸の筋肉も薄くなりTシャツのサイズが明らかに大きくなってきました。
顔は目の周りの筋肉が薄くなり、まばたきに違和感を持つこともあります。

これがもし一人なら気がどうかしていたしょう。

今は家族から追い詰められお金の工面をしなければなりません。

もちろんこんな体ではほとんど何もきませんが、知的能力と自立心だけは

かつての健康な時より旺盛でボロボロになった体を必死で動かしながら

自分を取り戻すための訓練をしています。

あまり苦しい時は下山日記を読み自分を確認しています。

「まだ耳鳴りはない」「蕁麻疹もない」下山日記の主様との違いを再確認しては

安堵を覚えているのです。

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本当はもう最悪のレベルで今もなお症状がすすんでいることを考えれば安心はできません。

実際、皮膚は薄くなろ手足の裏側の弱さを感じます。

同時にノドの違和感も感じます。どうやら全て連動しているように思います。

全身の部位、パーツは全て個別バラバラではなくつながっており連動しているのです。

細分化で進歩してきた西洋医学とは反対の全体への視点が求められるのです。

精神も身体も分けて考えず一つのものと考えるべきです。

ただ心身一如の考えを先回りをして精神薬をのませようという内科医もいたので
注意が必要ですが 東洋的 全体的なアプローチがベンゾの離脱後遺症にはかかせません。

手首足首ヒジヒザ回りといった関節 腹部 ノド 臀部といった節々の周りの筋肉が減っています。

2015年から少しずつ進行し3年経過の今日、胸回り、肩、首背中 全ての筋肉が薄く細くなりました。

歩くと軽い風船のようです。

以前の重厚感はまったくなく、お金の減少とともに体まで貧弱なみるからに「素寒貧」の状態です。

どういうわけか意識は明瞭で人に対しても温厚です。

以前のように無理やり人の悪いところを探して責めるということは少なくなりました。

これはもともとの性格もありますが今から考える明らかにベンゾジアゼピンの作用・副作用です。

ベンゾをほとんど抜いた今は化学的にスッカラカンになった感じと

筋肉の減少という空虚感という二重の空しさ、はかなさに襲われるのです。

父から受けていた洗脳・マインドコントロールも解除されつつあり、この点からのむなしさ
社会的空虚感があります。

毒親対策は経済的自立

経済的な自立がいかに重要か痛感します。たとえ食うに困らなくて
もある程度の年齢が来れば親元を離れるようにする。

(これを書いている私は40過ぎのアラフィフです、毒親などとかける年齢では
ないのは承知ですが・・・)

自分の居場所を別につくって経済的自立をはからなければ支
配欲の強い親の干渉趣味のオモチャにされたあげく
40代で捨てられるのです。(企業組織でも同じ論理が働いていますね)

ベンゾ離脱後遺症でそれも肉体から筋肉がはがれた状態で投げ出されます。
今は死刑執行前の状態です。

残酷なことを私の父はやり続けているのです。

そもそも私は20歳で自立していました。いよいよ本格的に自立を妨げたのは家庭の事情です。

1990年当時45歳の父が左遷の意味で単身赴任を受け北陸へ。
その家庭の空白で家の秩序が乱れ弟たちの非行が激化。

大学生だった私は弟の教育をせざるを得ませんでした。

90年代当時。一般教師がノイローゼになって退職する
というニュースがチラホラ出始めた頃です。

当然私では対応できず家で物事を考えそのまま就職もせず過ごすようになったのです。

この頃からベンゾに依存する布石が敷かれ2000年に服用 現在に至るのです。

もし父が90年年代に単身赴任を受けずに地元の閑職かリストラにあっておけば

家の秩序が乱れることなく皆自立していたでしょう。

家庭環境の悪さを今でも認めない父は急に今の私を責め始めたのです。

祖父を尊敬すべきだった

これは全くの心外で「毒親とは物事の筋道や歴史を俯瞰できない
人達なんだあ」と自らの家庭環境を呪いました。
これなら父が馬鹿にしていた昨年94歳で亡くなった大正生まれの祖父のほうが立派で

物事の筋道も道理もわかる人でした。

30歳ころまで尊敬していましたが、リストラを生き残り景気の良くなった
父の洗脳工作に洗脳されたままで
大正生まれの祖父を貧乏思考の持ち主とどこか軽んじるようになっていました。

これは大きな間違いでした。祖父こそ勤勉実直で物事の道理や筋道をし
っかり考え行動できる人だったのです。これは20代半ばまで持っていた考えですが
父の金回りが良くなるにつれ父の本質と危険を見抜けず
過保護な父と(ベンゾ)に依存するようになったのです。

父は単に高度経済成長とバブルの恩恵を受けただけです。
それも巨大製薬会社という税金で保護されている業界ですから
余計に図に乗り全て自分の実力と勘違いをしていたのです。

そうした勘違いした人物に洗脳された私は愚かでした。
ベンゾの影響があったとはいえ、物事の本質、人物の賢愚の判断がついていませんでした。

今はベンゾでボロボロになった体で父から受けた愚かし
い夜郎自大主義を払しょくし両親からの言われなき責め苦を跳ね除け、
自分の人生を歩まなければならないのです。
瀬戸際です。

万感の思いがあります。

まとめ

経済的安定と自立こそが今の自分にとっての良薬なのです。

しかし体は朽ち果てて今もなお筋委縮がすすんでいます。

アドセンスと福祉に何らかの活路を見出しているのですが・・・

あまりうまくもいかず他にできることもなし。

後遺症はお金では治りませんが、後遺症の苦痛、悲惨さはお金で追放することができます。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

1970年代生まれ。近畿在住。単身。 向精神薬害で毎日闘病。機能性ディスペプシア(FD) 慢性ストレス疾患にて仕方なくレキソタン服用。 ブログは毎日更新。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的に窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問看護を受けています。 診断は気分変調症。障害基礎年金2級。障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!