経済基盤の重要性

「役に立たないヘルパーより一人がお気軽」
ヘルパーYさん(30代)が退職されたのでその代わりに別の事業所から
ヘルパー派遣を受けました。

それが70代の高齢ヘルパー。

年齢で差別したくなかったので受け入れていたのですが、家事レベルが全然ダメ。
他のヘルパーが当たり前のようにこなす家事がこちらの指示がないとできない。
やろうとしない。

指示をしても料理はマズイ、失敗する。無駄に声だけは大きい。

これでは精神的負担、ストレスになるだけです。

4回ほど様子を見ましたが、もう限界で
今回はゴミ捨てだけで15分で帰ってもらいました。

ヘルパーさんに失礼なのは承知ですが、こちらもボランティアでヘルパー
派遣を受けているわけではありません。一定水準以上の家事支援と
会話能力を派遣ヘルパーに求めているのです。

70代でも「年の功」で何とかなるかもしれないと善意に解釈していましたが、
料理はできない、
ヤル気なし、ふてぶてしい、言い訳ばかりする。

最悪でした。ゴミ捨てで返ってもらった後に
事業所に電話してこのヘルパーの担当曜日は、しばらくキャンセルしました。

70代ヘルパーはこちらが気疲れする。それに家事の失敗の後始末をしなければなりません。
これなら一人の方が気楽。

一人で食事をつくり、掃除機をかけました。精神的に楽になりました。

こちらの力になる女性ヘルパーなら何時間いても楽しいのに高齢ヘルパーはそうはいかない。

これが現実です。そうです、この点、私も男なのです。

「そもそもヘルパー派遣は必要か」

70代ヘルパーの件でふと、こう考えました。30代ヘルパー、
40代ヘルパー派遣を受けた2017年はベンゾ離脱による「抑うつ」
が酷い状態。認知症状態。このような向精神薬がらみの生活状態においてヘルパーは必要です。

ですが、それ以外の精神障害の状態ではいりません。
それでもヘルパーを必要とするならあえて向精神薬漬けにするか、
何等かの薬害で脳機能が衰えているときでしょう。

筋肉減少と皮膚脆弱に陥っても、今の私は家事ができるようになりました。
男一人暮らし(独身)でマンション住まいなら家電が発達しているので、
動作は遅いながらも掃除洗濯調理など身の回りのことはできてしまうのです。

買い物はネットで済ませることができます。

お金さえあれば都市圏では男一人暮らしは十分可能です。
世間的な偏見がつきまといますが、
向精神薬で脳にダメージを受けなければ、案外独身ライフは気楽だとわかりました。

「ヘルパー派遣のもう一つの目的 障害年金」

それでもヘルパー派遣をあえて受けるのは「障害年金」。
ここだけの話になりますが、ヘルパー派遣そして念のために訪問看護を
導入。その旨を主治医に報告し、診断書に記載してもらえば年金を受給できる確率が高まります。

障害年金は、病名ではなく、生活の状態で判断されるのです。
診断書と申立書がしっかりしていれば障害年金は受給できます。

月額6万6千円程度ですが、働けない身にとって命綱のお金です。

無駄遣いさえしなければ、貯金と年金でしばらくは暮らせます。

健康な体が一番ですが、そうした健康を失っている状態ではお金が土台になります。

精神、意識まで経済土台で変わってくるのです。

「経済土台によって意識が決まる」

経済土台によって意識が変わるというマルクス経済学の理論をかじったことがありますが、
その時は文字だけの理解で実質何も分かっていませんでした。

しかし今は身をもって経済土台のマルクス経済学の一部を理解しはじめています。

本当のマルクス経済学の理解は病気でお金に困ったときになってはじめて理解できる
のです。

思えば親が経済を支えていた頃、安定した経済土台はは「空気」のように当たり前でした。

その上で政治がどうのと論じていたのです。これは「甘え」ですが、マルクス経済学の言う、
「衣食住が整ってはじめて
政治や学問、芸術といった(上部構造)に携わることができる」という状態に無意識的にあったのです。

私がなすべきは水道光熱費と食費を自分でまかなうことでした。
年金と保険は適当でよかったのです。

生活にダイレクトに密着する水道光熱費と食費は自分で出費する。
この辺まで親に出させていては自立心は育ちません。

そして甘えが助長し、ベンゾに走る下地ができるのです。

これは私のケース。放蕩息子の事例で他の精神薬害者には当てはまらないでしょうが、
本当の自立心を持つには生活費を自分で稼いで出すことです。

今は貯金と年金という資金で「自立ごっこ」ですが、以前と比べて、経済土台と意識の関係に
敏感になりました。

純粋な精神疾患は案外お金の安定で治ると思います。

ほとんどの精神病は実は精神病ではなく、お金の問題なのです。

お金というう存在は残酷であり、素晴らしいものです。諸刃の剣です。

お金とどう付き合うか?稼いで使うか?がメンタルに大きく影響するのです。

ただ向精神薬で筋肉やその他の肉体疾患に陥ってしまっては、お金だけでは済みません。が、

お金はやはり生活の基礎、自尊心の基礎、毒親からの脱却の基礎なのです。

お金ですべて解決しません。しかし惨めさを追放することができます。

肉体的基盤と経済的基盤。この二つの重要性。失って弱りゆく中ではじめて認識、理解できました。

ヘルパー派遣も障害年金も薬害がゆえに必要なものですが、肉体的基盤と経済基盤があれば、
このようなものは本来関係ありません。

失ってはじめて当たり前のありがたさに気づかされました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

50代男性 私大経済学部卒業  若いころから病気がち アルバイトや自営の仕事を転々とする 現在、自立支援医療、障害基礎年金2級 手帳2級の社会福祉制度利用者 2000年ベンゾジアゼピン服用(レキソタン、ロヒプノールなど) 2015年(40代の前半)にベンゾ常用量依存と 過労で倒れ自宅療養 当時服用していたベンゾジアゼピン系薬物の害毒を知り 2019年7月3日レキソタン断薬 一人暮らしなので自炊。食事の改善をはかる 現在はご飯とお味噌汁の一汁一菜の一日に食生活 障害年金と家族の支援を受けて生活しています。 先の不安を感じながらも 節約と療養に明け暮れる生活を送っています 薬害を受けてもないことにされるという資本主義社会の 矛盾に気づき社会福祉を受けることでマルクスの資本主義分析に共鳴