向精神薬は危険ドラッグと同じ!断薬希望!クリーンで健全な体に戻りたい!

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レキソタンでストレス緩和

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レキソタン5mg服用後、少し眠れました。

どうやら私にはレキソタンが必要なようで、
筋肉減少と皮膚異常の

「薬物以外に考えらる原因」を考えてみました。

ずばり「ストレス」です
。ストレスとは、

「家庭環境、地域、過労、老化

性格 思考 」など複合ストレスです。

シンプルに言うと、老化、過労ストレス、栄養失調です。

減薬当初の2015年は激務の渦中でようやく休みをとったところでした。

休業届けを出したところ一気に肩の荷が下りたのを覚えています。

その後家庭内トラブルが激化。私一人が悪者にされ家族から「疎外」されました。

こうした急なストレスが慢性化したことがベンゾジアゼピン離脱とともに進行したのは事実です。

全てベンゾジアゼピンのせいではありません。

しかしベンゾジアゼピンに依存、離脱、後遺症があるのは確かで、
急な減断薬は死につながるというのは正しいです。

これを回避するためには、しっかり「金の算段」をし、休養体制を取ることが必須になります。

協力してくれる家族がいるならまだしも、私のような孤独な人間には、

「福祉」を導入し、社会的保護を受けることが肝要です。

福祉に対し日本人はまだ「甘え」という意識があります。

これは福祉業者にも及び、指導の名のもとの虐待が起こる確率を高めています。

「福祉制度」は国家の慈善事業です。背景にキリスト教やマルクス主義的な考え方が根強いと推察します。

このような西洋の宗教哲学を日本にとり入れたものだから、

社会に浸透するのは日本的アジア的な「任侠」の方々が入り込む余地ができました。
そうして日本独自の貧困ビジネス的福祉という歪んだ福祉として現象化しています。

日本は本来「大家族制度」があり、福祉の世話にならずとも家族が老人や病人、障害者の面倒見る
社会基盤がありましたが、近代化と高度成長の中でそうした家族制度は

取り残され、先述した歪んだ福祉として現象化し現在にに至ります。

そもそも障害年金も生活保護も福祉制度の一環で正当な権利です。
日本国憲法に定められた国民の権利です天与の人権です。

臆することなく活用すべきです。
日本は良かれ悪しかれ社会主義的な国家なのです。

しかし現在は、それでも形だけの福祉で、中身はまだ発展途上と現場の立場から観測しています。

それに福祉導入しようとしても、

具体的には、ホームヘルパーにせよ、障害年金にしろ「インターネット」がなければ全く知ることができませんでした。
ここにも「福祉の壁」があり、さらに
障害年金に至っては、社会保険労務士と契約しないと申請書類の手続きといった行政手続きはできませんでした。

老人や病人がこのような煩雑な行政手続きができるわけありません。
インターネットが使えなければ尚更です。

ここに任侠の方のほかに、宗教団体や政党が入り込むのがよくわかりました。
戦後は特にそうでした。歴史を省みれば明らかです。

若い内からインターネット検索で行政手続きを学んでおくことは身を守る手段だと確信しました。

「お金と福祉の課題」

お金の面で受けられる福祉は本当に僅かで「一級障害」がなければ、ほとんど何もありません。

あえて挙げるなら、障害年金くらいでしょうか。それでも基礎年金では2級からの支給です。
初診時に「厚生年金」に加入してれいれば手厚い手当が受けることができますが、
初診時に厚生年金でなければ、途中厚生年金に加入していても「国民基礎年金」扱いです。

また20歳前なら国民年金未加入扱いですので、20歳前の年金制度を利用することになります。
この時も「初診日」が20歳前でなければなりません。
つまり福祉でお金を受け取るには、年金制度にある程度知識がなければ受けることができないという
我が国の福祉制度の脆弱性が浮き彫りになります。

金銭以外ではホームヘルパーですが、これは家政婦とは違います。

家政婦とかぶる部分もありますが、ヘルパーと家政婦は異なる職種で職分が全く違います。

ヘルパーさんには、あくまで「介護士」としてこちらの話しを聞いてもらうなど、
日常での「孤立」「疎外」を和らげる目的を明確化し活用すべきです。

疎外感を緩和するヘルパーさんの存在。

ここにマルクス主義的な考えが背後にあると思いましたが、

日本の一般人には理解しがたい資格制度で、
多くの方がヘルパー=家政婦で「障害者は楽をしている」という誤解を持っています。

この点、福祉行政への理解も浅はかで戦後日本人は戦前と同じくきわめて前近代的と言えましょう。

介護士、ヘルパー、看護師
全て「資本主義社会の痛み」、疎外された人をケアするという考えが前提です。
介護福祉士」という資格もそういう背景から生まれたのだと福祉を受けて観察できました。

レキソタンという薬も福祉制度も資本主義社会に適応できなかった人達に対するケア、

安楽政策だと思います。もちろん副作用や依存離脱症状というリスクはありますが、

クスリと福祉という福音的な社会制度を使うことは現代社会から疎外されストレスに苦しむ人達に不可欠で

社会福祉は、総じて資本主義社会から疎外された人達の救済をするための近代的装置であると言えます。

経済的特典(年金、生活保護、非課税免除など)、

ヘルパーなどマンパワー、痛み止めとしての軽い向精神薬これにより疎外感

、ストレスは大幅に緩和され、自立した個人の再生が可能になるのです。

人間は一人では生きていけません。人間関係をうまく構築できなかった人、資本により疎外された人

を置き去りにするのは文明国家、近代国家にはふさわしくなく、

近代社会の発展という側面からも福祉の充実は不可欠です。

精神薬、精神医療は、優生学と言われていますが、それは一面的真理又は前近代的な負の遺産で、

薬や福祉行政に問題があるにせよ
ストレスの多い現代社会、資本主義社会から取り残された人(一定数いる)なくてはならない社会政策でしょう。

「優生学そのものである」と考えるのはサイエントロジー=CCHR=市民人権の会の方々で
彼らの歴史観や福祉行政への批判は、それはそれで参考になりときには鋭く勉強になりますが、

彼らの主張はあまりにもファナティックで狂信的であることは否めません。(と現時点の判断)

彼らの目的とするところは、「医療福祉の費用と予算の削減」です。

2025年以降、少子高齢化が本格化することが目に見えている

我が国において医療福祉を削ることは

少子高齢化と財政難に陥る政府の目的であります。彼らが目指しているのは、

大金持ちに有利な社会なのです。

「もはや労働者階級には用はない」という「弱者切り捨て」に官民挙げて取り組んでいるように見えます。

もちろん精神薬や福祉に依存することのない「自立した個人」「自助努力」の社会は目指すべきでしょう。

しかし個人がそれをやるには、何億という金融資産が必要になります。

孤独な病人や障害者、老人にそれができるでしょうか・・・?

「大家族制度への回帰」も最近政府によって言われ始めましたが、今さら無理な絵空事です。
「物語り」として面白くて魅力的ですが、現実的ではありません。

やはり近代資本主義社会に生きるものとして、労働者、労働者階級の家庭にあるものは、
社会福祉について考え、自らの権利を行使できるようにしなければならないと、

より疎外され自暴自棄になり、精神薬の扱いもODになるなど破壊的衝動に導かれます。

福祉国家と社会制度をレキソタンを服用しつつ思いました。

全ての原因が資本主義社会によるストレス、疎外という前提なら、上述した
レキソタンや福祉制度も即座にといり入れることがストレス社会には肝要であること自明です。

薬にも福祉にも「問題」」があることは確かですが「疎外」ということをキーワードにすれば、
レキソタンの効用と危険性、ヘルパーを介護職として疎外からの緩和する職分として扱う。

さらに福祉国家の理解と福祉の拡充を目指すべきではないでしょうか。

なんだか左がかっていると思われたかもしれませんが、

戦後高度成長で行き過ぎた自由主義競争主義社会の成れの果てが
今の日本。
せめて親世代が「金融」に詳しく、金融資産を残し子や孫に金融を教育していれば、
彼らが生きた高金利高収入の時代に億の資産ができて、

「今のような少子高齢化はなかったはず」と思います。

自由主義個人の生産労働による資産蓄積から金融資産の形成が

なされなかったから「福祉」に注目するのは必然ですが、
ここも日本人が置き去りにしてきた分野で未発展です。また貧困ビジネスなど問題が多い。

レキソタン、福祉行政から日本の歴史、国家、経済に思いを巡らせました。

 

高成長、高金利の時代に株式投資など金融資産に注目財産を減らさない、増やす努力を祖父や父がしていれば、

今のような停滞社会にならずに済んだはずです。

 

いわゆるニートな人達は初期資本家のような存在で、彼らが金融の初等教育を受けて親から金融資本を受けて投資

していればこの20年で億近い金融資産を生み出すことが出来たでしょう。

 

悲しいことに富は労働によってしかつくることができない」という勤勉道徳が宗教のように根強く

せっかくの金融資産の潜在能力が社会からそがれてしまいました。

「失われた20年」は実は「金融資産」を形成できずにいた失われた20年だったのです。

今は投資しようにも十分なお金も時間もありません。少子高齢化は進むだけです。

介護分野でも人手不足、、質の低下という制度の歪みが出てきています。

 

もはやすべて後手後手ですが、今ある福祉制度と金融資産を活用し、

よりよい老後、障害生活のための福祉介護制度の活用

模索することが、

重要かつ肝要になってきました。

同時に株投資など金融資産の増加を目論む努力も大切です。

レキソタンという比較的リスクの低い安定剤も今となっては福祉の一環として評価してもいいのでは?と

考え始めています。

 

人間は一人では生きていけません。どんなに強く権力があってもそれは多くの人達の縁の下の力によるもので、

これを忘れた強欲、傲慢は必ず老齢と疾病により孤立と疎外を味わうことになるのです。

頼りの家族制度も実質的に崩壊しました。

ここに任侠や宗教が入り込む寄りがあるのですが、所詮金儲けのツールに使われるのが落ちで

疎外と貧困から免れることができまません。

ここに社会福祉制度を活用する方向に自らの思考をセットしなければなりません。

社会福祉ですと、費用は9割以上又は全額行政負担になります。これを税金の無駄遣いとみるか、

国民の権利として主張するか(義務は果たしていなくても)これまでの行き過ぎた自由競争社会の

反省をすればおのずとわかります。

社会制度だけでは、不十分で医療を活用すべきです。精神医療です。さんざん批判してきて、今も批判的ですが、

信頼のおける、できれば福祉に造詣の深い医師にあたれば、今の世知辛い資本主義社会で「疎外と苦痛」を緩和、

又は快方された人生を構築することができると思います。

いかがでしたか?

「毒にも薬にもなる」「毒を以て毒を制す」(以毒制毒)

このような考えを容認して精神医療福祉を活用することの意義を述べてきました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1971年生まれ。経済学部卒。関西在住。単身。 向精神薬害で毎日闘病。機能性ディスペプシア(FD) 慢性ストレス疾患にて仕方なくレキソタン服用。 ブログは毎日更新。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的にも窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受給。訪問介護、訪問看護を受けています。 気分変調症。障害基礎年金2級。障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!