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レキソタン片手に毒親洗脳被害を克服したい

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レキソタンを再服用して

この数日、レキソタン5mgを朝夕服用するようになりました。
全体的な感覚として、「体の苦痛を意識することが少なくなった」
「そこそこ眠れ、不眠におびえることが少なくなった」
「胃の調子が少しばかり上向き」

全体的にみてレキソタンは私にあっているようです。
QOLも向上し、掃除洗濯調理など家事を念入りにできるようになりました。

ヘルパーさんの仕事がなくなるくらいです。
オンライン化など身の回りの装具、備品に気を使い、
事務仕事の簡素化を計ることもできました。

かなりのQOLんの向上です。

あとは薄くなった筋肉と食欲を回復させることです。

筋肉減少に関してこれは中枢神経の故障というより
「過度なストレス」が長期化していたからでは?と思うようになりました。

ムシのいい都合のいい考え方ですが、以前のように悲壮感と絶望感に
一日とらわれているよりはマシです。

筋肉はこれから暖かくなるとともに運動量を増やすことで少しは回復が見込めるのでは
ないでしょうか?

ただ足裏、足首(特に左)が細くなっていることは確かで「転倒の危険」があります。

この点に配慮しながら、外出を
増やしていくそうして筋肉に少しずつ刺激と負荷を与えていくことで、
最低限の筋肉維持と増強が見込めます。

「ヘルパーさんとともに」

外出はやはり一人では困難でヘルパーさんの介助が必要になります。
精神的にも肉体的にも元気な頃より20~30パーセント以上の機能低下が
あります。

精神的には広場恐怖症に近い症状がありますが、ヘルパーさんの介助で

何度か同じ場所に行くと、イメージトレーニングができるようになるので、
今度は一人でいくこともできるようになります。

それでもまだ精神的、肉体的に不安要素が残ることので、
なるべく付き添ってもらって外出することが現実的です。

これまで家の中で一人倒れ込んでいる状況が多かったのですが、
これから少しずつ外出を増やします。

近場からと思っていたのですが、いきなり電車を使って遠出を
計画しています。

「自分の体力を現実的に把握する」

これまで自宅療養で筋肉がかなり衰弱し、
精神的にも深いショックを受けたままでした。

知らない間に70代の父から20年以上に渡って洗脳されてきました。

それが3年前に路線の違いから対立となりました。
それでも20代から20年以上洗脳されてきたので

見限られた時の精神ショックは、甚大でした。

洗脳されている自覚がないまま洗脳されていたのです。

精神科医より巧妙な洗脳術です。

父は大手製薬会社のMR(プロパー)をだったので、

気難しい、屁理屈を言う、それも詐欺のプロである精神科医をはじめとする

医師、医療関係者を手玉にとり、接待で
洗脳してきた男です。

そうした人心掌握、
洗脳術を息子の私に適用され、人生が崩壊しました。

「薬物洗脳」
つまり精神科医による薬物と父からの洗脳を同時に長期に
渡って受けてきたのです。この洗脳が最近になって解除されてきたのです。

精神的ショックが、薄くなった筋肉とともに襲ってきました。

心が弱り、隙間風が
吹いている状況で自らを省みることが多かったです。

失った時間と機会の多さに打ちひしがれました。

これまでベンゾジアゼピンだけのせいにしてきましたが、
実は家庭の変化、トラブルが根深く有ります。

近隣自治会からの酷い仕打ちも同様です。

ベンゾジアゼピンに関しては、ジアゼパム(セルシン)が
有害で、内海聡氏の意見にもあるように、「問題のあるベンゾジアゼピン」

だと思います。

レキソタンとセルシンのカクテル処方でしたから、
その有害性ははかりしれません。このカクテル処方と同時に父かの洗脳が
深く静かに進行していたのです。

減断薬を本格化した3年前の2015年から父からの洗脳から解除されてきたので、
最初は自己喪失、自己否定感が酷く、自らの存在意義を一から見直さなければ

なりませんでした。

薬物と洗脳で20年以上過ごしてきたのです。当時の子供たちは大人となり
当時の大人は老人となっていて歳月の移ろいを人より何倍も感じるようになりました。

「私は20代で
大人でした」

自立独立していました。本格的に経済的に独立しようとしたのを阻んだのは父です。

言葉巧みに医者を相手にした接待術と大金を
使われて経済的独立を阻まれ、モルモットにされました。

父は私を過大評価していのです。

サラリーマン以外で成功したかった父の願望を実現させるための人生を歩みました。

途中まで成功し、
35歳で本当の成功まであと一歩でしたが、そこはやはり当時青年で
見事に失敗し、訳も分からず地元で薬に溺れるようになりました。
この時にセルシンを15mgも盛られたのです。

レキソタン最高量15mgに加えてですから、一日30mgのベンゾと

父からの過保護による洗脳で自分の人生を歩めずに40代半ばを過ぎました。

もう人生は残り少なく、これまで失った歳月や大切だった祖父世代はもう故人になるか

鬼籍に入られました。「もっと学びたかった、もっと交流したかった」

私の不甲斐なさもありますが、こういう願いやを全て阻んできたのは70代の
父世代です。

あらゆる分野で言葉巧みにのせられおだてられ、自分の人生街道から外されてきました。

「本当の自分、自己実現。」

いかがわしいセミナーや教祖が用いる言葉ですが、今となっては、
これらの言葉を用いた人生論が正しく、自分はこれらの読書を通じた人間関係を築くべきだった
と猛省しています。

父に反発してでも自分の人生の道を学び、自己実現を果たすことこそが、実は親孝行になったのです。

私の父は無知無学です。それでも働き抜いてきたことに敬意を払っていますが、

息子の経済的自立をことあるごとに阻んできたのは今でもトラウマです。

それを今さら、全て私一人の責任に
押し付け知らぬ存ぜぬを決め込むのは道義的にも
おかしいです。

もともと道義的に人格的にも思い上がった病的な問題のある父だったので

見限られた
今は解放された気持ちです。まるで父から本格的な洗脳を受ける前
の10代、20代前半の気持ちに戻りました。

当時と違うのは、歳月が流れ、時代が変わり風景が変わり、体力がものすごく弱ったことです。

今のような感覚でせめて30代の体力に戻りたい。

そうすれば、今からでも「自分の人生」を歩むことができるでしょう。

父からの洗脳と薬物=セルシン(ジアゼパム)
から解放された今が実はチャンスだと思います。

レキソタンを服用、ヘルパーさんの協力、
ITの力で「自己実現よもう一度」と計画しているのですが、

間違っているでしょうか?

父も精神科医も
昭和20年
敗戦の年の生まれ、マッカーサー占領憲法と教育で真っ先に占領教育を受けた世代。

戦前の記憶と貧しさのを知っている世代。やたら人口が多く過度な競争と人を蹴落としても
のし上がってきたせいだ。

象徴的なのはオウム麻原ではないでしょうか?

オウム事件があった23年前も「父性の喪失、父権」など
言われていました。

オウム麻原に洗脳された同世代の信者を笑えません。
私はさらに薬物までやっていたのですから、
始末に負えません。

しかし今は痛みとともに10代20代向精神薬をやらずにいた頃、
志を立て自分の頭で感じ考えた経験があります。

今はレキソタンを服用しながらもその経験則で
生きています。

遅きに失した感がありますが、まだ40代といえば40代。

肉体の損傷は、レキソタンが原因ではなく、父や地元から長期洗脳から突然解除された精神ショックと
生活変化、そしてセルシン(ジアゼパム)の後遺症と判断しています。

セルシンからの後遺症でも8~9割は治ります。

あとの精神ショックは、ヘルパーさんと過ごす時間と交流を深めることで
自然と治るのではないでしょうか。

その時、レキソタンも自然と少なくなるでしょう。

「薬物」、「世代」、「洗脳」、考えられるすべてのことから、自分の症状を分析し、
自己実現を果たす道を選びます。

今はストレス被害が多いので止むを得ずレキソタンは容認します。

あとは体力気力の回復です。自治会、医療福祉の一部に妨害されながらです。

残念ながらこれらの妨害は陰に陽にあります。

彼らはまだ虐待を教育と思っているのです。

本当に困った世代が
40代を妨害し続けている。この現実を指摘して締めくくります。

(全ての70代とはいいません。しかし彼らは自分のためにしか働いていないのにそれを絶対最高と考えています。

それで働いていない、働けない若者や年下を説教し、自治会を使った組織的ストーカーという人権侵害をやっている。

それが「公」のためのとでも勘違いしているのでしょう。

彼らは良い意味での西欧化されておらず、西洋と東洋の悪い慣習の集合体です。子供のいじめ自殺が

増加するのも無理はないのです。それもまた隠蔽し、平然としている。

正しい人権観念も戦前の教育勅語の精神もないただの「俗物」が正論ぶっている。

今の90代以上の老人たちは、教育勅語で育ち、兵役についた。

自分のため以上に「国ために命をかけた」この違いがあります。

この90代の老人を今の70代の老人は40代の若いころ、虐めてきました。金の力(それも不当な)。

つまり反教育勅語、反戦前の道徳の人達が

保守みたいなことを言っている。成り立つ訳がありません。その無理をまた集団の力と

屁理屈で押し通そうとしている。これが日本の閉そく感の原因なんです。)

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

アラフィフ男性。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的にも窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受け、訪問介護員(ヘルパー)さんとの心温まる日常を送っています。障害基礎年金2級。薬害、障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!