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ベンゾジゼピンの減薬断薬の観察

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向精神薬のレキソタン、セルシンの最大処方量から大幅に減薬したのが2015年。
現在はセルシン断薬済みでレキソタンも5mg前後の実質断薬状態です。

体調は良くないです。全身の筋肉が削げ落ち、胃酸逆流の後、内部から、しぼられるような体になり、
今は障害福祉サービスでヘルパーさんの家事支援を受けてようやく生活しています。

今から振り返って思うに、レキソタン、セルシンなどの向精神薬=ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、
違法薬物と作用機序(メカニズム)や禁断症状の出方がほとんど同じで、
処方薬とは名ばかりの依存性と毒性の高い危険薬物だということがわかりました。

こうした危険な依存性のある薬品が今でも処方薬として合法薬物として市民生活に溶け込んでいます。

最近になり、その依存性の高さから処方規制がかかったものの、
いまだにその危険が隠蔽されているのが実情です。

私にとってベンゾジアゼピンの減断薬はまさに人生の転換期となりました。

脳に作用する物質を長期大量に服用していたわけですから、減らしたり、
抜いた時の心理的、精神的なトラブルは
違法薬物や危険ドラッグと同じくらいの混乱をもたらしました。

今でも心理的な混乱の中で自らを制しています。

肉体的には筋肉減少が全身に及び行動制限を余儀なくされています。

ベンゾジアゼピンの減薬に伴う肉体的、心理的症状は「離脱症状」と呼ばれますが、正確には、
違法薬物の「禁断症状」と同じだと想像してもらえば、
このクスリの危険性がお分かりになると思います。

私は本当に飲んではならない危険な薬品をのみ、依存してしまった、
(させられた)とボロボロになった体を引きずりながら
後悔しています。

私だけならまだしも家族全体に迷惑をかけ深い悲しみと不幸をもたらしました。

このことへの罪悪感がさらに私に深い苦痛と悲しみを与えます。

ベンゾジアゼピンはアルコールと同じ作用で脳の中秋神経に作用し、「抑制」」します。

思考力は鈍り、怒りやすくまたうつ状態をひきこす極めて不健全で不自然なクスリです。

このようなクスリをのまされたのは、精神薬が「治療」目的ではなく「鎮静」「治安」で使用されているからです。
精神科は治したり、良くするのが目的ではなく、「社会にそぐわないもの」と医師の主観で判断された人達の
行動を「抑圧」するためのきわめて「政治的」な目的を持っています。

これは「優生学」と呼ばれ、「社会の異端」と呼ばれる人達を差別、迫害、隔離するための手段として正当化され、
今現在も「治療」の名のもとこのような非人道的犯罪が行われているのです。

クスリの害毒は今や日本中、世界中で拡大を続け多くの人達とその家族の人生を狂わせています。

「離脱症状」の克服だけを目的としてはいけません。離脱症状と呼ばれる「禁断症状」の緩和と上記で述べたような、
政治的意図と歴史を知ってこそ、彼らの魔の手から逃れることができると確信しています。

このような薬害はもう2度と起きてほしくない。新しい「ウソ」がまた作り出され、
新しい宣伝でベンゾジアゼピンと同様の
向精神薬の被害が続くでしょう。

少しでも未然に防ぐ努力が必要な時です。自分のためだけでなく、多くの人達のために行動することこそ、
いわれなき薬害の苦しみを克服する社会的な道だと確信しています。

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2 件のコメント

  • 精神科医の投薬以外の治療として、認知行動療法というものがありますが、
    これも極めて政治的で体制側に有利な考え方です。
    認知行動療法とは間単に言うと、環境は変わらないのだから、考え方を変えろという教えです。
    キリスト教の教えの中に、あの有名な山上の垂訓というのがあります。
    貧しい人たちは幸いだ。飢えている人たちは幸いだ。泣いている人たちは幸いだ、云々。
    認知行動療法で言い換えると、貧しいという環境は変わらないのだから、金が無いことを幸せに感じろ。
    お金がなくて満足に物も食べられないという環境は変わらないのだから、空腹を幸せに感じろ。
    泣きたくなるような悲惨な環境は変わらないのだから、その逆境を幸せに感じろ。
    いかに情け容赦ないことを言っているかおわかりいただけると思います。
    一方で、富んでいる人たちはわざわいだ。満腹している人たちはわざわいだ。笑っている人たちは、わざわいだ、云々
    という記載もあります。支配者側のことを言っているのでしょうか。被支配者側は山上の垂訓を聞いてどう思うでしょう。
    「何だ。支配者側は不幸で、俺たちは幸せなのか。なら、このままでいいや。」支配者側の思う壷ですね。被支配者側から
    批判も反乱も起きないのですから。
    認知行動療法は現代版の山上の垂訓と言うべきでしょう。キリスト教的支配は名を変え、今でも脈々と生き残っていますね。
    私たちの現状を山上の垂訓で表すと、
    精神を病んでいる人たちは幸いだ。離脱症状で苦しんでいる人たちは幸いだ。慢性疼痛で苦しんでいる人たちは幸いだ。
    そんなわけないだろうと(苦笑)
    実際問題、環境を変えるのは難しいですけど、それと同じくらい考え方を変えるのも難しいんですけどね。
    脳みそを取り替えるくらいしなければ、人の考えなんてなかなか変わらないと思います。
    あと、精神科医が取り入れているもので、マインドフルネスというのがあります。
    瞑想から宗教的な意味合いをなくしたものだそうです。精神科医療はつくづくオカルトだなと思います。
    ATさんも私もカルト宗教の被害者ですね。長文失礼いたしました。

    • 愛読者様。深いコメントありがとうございまず。「騙された!」と嘆いていたところです。仰る通りです。それに
      私は、カルト被害者を笑えない立場だと気づきました。ベンゾの筋硬直作用は辛すぎますね。時間薬です。宗教的な考えにひたるものの、
      「障害者は甘え」という宗教的な人たちが多い現状を考えると、本当の人間解放とは「理性」にあるものだと思いました。
      「その理性とは何か?」が問題になりますが、原因結果を冷静に判断することでしょう。それでも疑似科学が用意され、
      精神科医達はさまざまな騙しのテクニックを
      用いてくるわけですが・・・地道に精神薬の害を説いていくしかないですね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    アラフィフ男性。 精神安定剤、ベンゾゾジアゼピン依存・離脱・後遺症の療養記録です。 レキソタン(ブロマゼパム)、セルシン(ジアゼパム)の2種類を2007年からカクテル処方され、8年長期服用。2015年から大幅な減断薬。その後2015年暮れから副作用・後遺症に陥り現在も療養中です。さらに家族との不仲で、経済的にも窮しています。2017年から「障がい福祉サービス」を受け、訪問介護員(ヘルパー)さんとの心温まる日常を送っています。障害基礎年金2級。薬害、障害福祉の現場に潜伏中。ブログで情報発信しています!